神≠ニ呼ばれるものが存在するか否かはわからない。
仮に存在するとしても、人が思い描いている通りの存在とは限らない。
だが――少なくとも、人の行いを把握し、それ相応の報酬やら代償やらを与える何か≠ヘ存在するのかもしれない。







報いと災難は紙一重








「何で俺がこんなことを……」

不破尚――本名・不破松太郎――はゲンナリと呟いた。
20代後半となった彼は、10代の頃から現在に至るまでトップミュージシャンの地位を不動のものとしている。それ故に、彼のスケジュールは多忙を極めており、今日は久々の休みだった。

――はずなのだが。

「ショーちゃん?どうしたの?つかれてる??」
「言っちゃダメだよ、セイカ。『トシだからつかれやすいんでしょ』なんて」
「誰が歳だ!!誰がっ!!!(怒)」
「ショータロー。」(ドキッパリ)

こめかみに青筋を立てて怒鳴る尚をご丁寧に指差しながら断言する少年に対し、尚は肺が空になるまで深く溜息を吐く。
そして、もう何度目になるかもわからない独り言を繰り返した。

「――何でこの俺が、こいつらの子守なんぞしなきゃなんねーんだ…」








事の起こりは二時間ほど前。

久々の休日ということで、時計の針が9と12を示す時間まで惰眠をむさぼっていた尚のところに、珍しくも幼馴染から電話が掛かってきた。今はもう険悪な関係ではないとはいえ、彼女から電話がくることは本当に稀だ。
寝起きの頭で訝しげに思いながら通話ボタンを押すと、彼が言葉を発するよりも早く、彼女の声が耳に響いた。

『ショー!あんた今日休みだったわよね!?友達がいないあんたなら予定も入ってないわよね!?』
開口一番がそれか!?(怒) てか、誰が友達いないだと!?」
『そんなことはどーでもいいのよ!予定があるのかないのか言いなさい!!』
「何で命令口調なんだ!?ちなみにこれといった予定はねーよ!!!」

不満を告げながらもしっかり質問に答えるあたり、律儀だよな俺。
そんなことをふと思っていた尚の耳に、信じられない言葉が届いた。

『よっし!!じゃあ今すぐウチに来て!』
「……………………は!?
『一時間以内に来てね!じゃ!!』
「ちょ、待――」

ブツ ツー ツー ・・

こちらの返答も聞かず切られた電話を呆然と見つめていた尚が、我に返るなり電話に向かって罵詈雑言を吐いたことは言うまでもない。








「あのまま無視しても良かったってのにわざわざ来てやった心優しい俺様に向かって、あの野郎、『遅い!!私、今から蓮のところ行くから昴と星華のことよろしくね!今日中には帰ってくるわ!』――なんて、説明になってるようで全然なってないことを言うだけ言うと、ホントにそのまま走り去っていきやがった……」
「……ショータロー。母さんのマネ、似てない上にキモチ悪い」
「………………お前、ほんっっっとーに親父に似てムカつくな」

これまでのことを回想し、ブツブツと独り言を呟いていた尚だが、少年――蓮とキョーコの息子である昴に笑顔で毒を吐かれ、こめかみに二つほど青筋を浮かべた。
対する昴は、尚の様子などどこ吹く風だ。5歳児とは思えないほど回る頭と舌で、この一時間、尚の神経を逆なでし続けている。

目に見えない火花を散らす二人の間に、少女――昴と同じく、蓮とキョーコの娘である星華が割って入った。

「もぉ〜〜〜〜!ショーちゃんもスバルも仲よくしなきゃダメ〜〜〜〜〜〜!!」
「い、いや…でもな?コイツが――」
「ショーちゃん!いい大人がイイワケしないの!!」
「……悪ぃ」
「そうそう。いい大人がみっともないよね」
「スバルも!ショーちゃんはたおれたパパのところに行ったママの代わりにいてくれてるんだよ?もっとカンシャしなきゃ!」
「……別にいなくても大丈夫なのに」
「?なんて言ったの?」
「ん?何も?」(にっこり)

無害そうな笑顔で言い切る昴を半眼で見つめながら、尚は「やっぱりコイツ、敦賀蓮のガキだな…」と改めて実感していた。



――星華が言ったように、説明らしい説明もせずに去ったキョーコは、夫である蓮のところへと向かったらしい。何でも、久々の休みを愛する子供たちと過ごしていたキョーコに、蓮のマネージャーである社から「蓮が倒れた。まだ詳しい原因はわからないけど、一応知らせようと思って」といった内容の電話がきたそうだ。
四日前から地方ロケに行っている蓮が倒れた、と聞いたキョーコは、彼が普段は健康そのものであることも相まって、心配でいてもたってもいられず、すぐに蓮の許へ向かうことを決めた。

しかし、ここである問題が浮上した。

昴と星華のことである。5歳児二人を連れていては迅速な行動などできないし、蓮の容態が悪いようなら子供たちの世話を片手間に蓮の様子も見る、といったことはできない。かといって、子供たち二人だけを置いていくことなど以ての外だ。
都合の悪いことに、心置きなく二人を預けられるような人達は全員仕事であったり、近くにいなかったりする。

どうしたものかと考えていたキョーコだが、先日偶然会った祥子が「今日は尚も休みだ」と言っていたことを思い出し、背に腹はかえられないとばかりに呼び出したのだった……



いなくなったキョーコの代わりに説明をしてくれた、目下子守の対象である昴と星華を眺めながら、尚は複雑な気持ちを持て余していた。
彼がキョーコに対し、並々ならぬ想いを寄せていたのは随分と昔のことである。彼女が結婚したときには吹っ切れていたし、大嫌いな敦賀蓮との子供とはいえ、昴と星華が産まれたときは心から祝福した。

――しかし、だ。

何が悲しくて、好きだった女と嫌いな男の子供たち――しかも両親に瓜二つな――の子守を、よりによって久々の休日にしなくてはいけないのだろうか。
いや、星華だけならまだいい。複雑な気持ちはあるが、星華は純粋に尚を好いてくれているし、昔のキョーコそっくりで懐かしい気持ちにもなる。問題は昴だ。父親そっくりの容姿と性格を持つ少年は尚が気に入らないらしく(あくまでも「気に入らない」であり、「嫌い」ではないようだが)、事あるごとに毒を吐く。そのため、5歳児相手に大人気ないとは理解しつつも、込み上げる怒りを抑えるのに一苦労しているのだ。

(……敦賀蓮の野郎、一体どういう教育してやがるんだ。というか、同じような環境で育ってるはずなのに、星華と真反対に成長しているのが不思議っつーか、おかしいだろ、絶対)

未だに懇々と昴に説教(?)している星華と、一生懸命しゃべっている星華を愛情たっぷりの瞳で見つめている昴の姿は、二人の両親を彷彿させる。そして、真剣に話を聞いていない昴に対し、星華がおどろおどろしい空気を放ち始める光景も、彼らそっくりである。

(………………環境とかの問題じゃなく、遺伝と考えたら全くおかしくない、のか?――いや待て。そもそも性格って遺伝するんだったか?)

星華の放つ妙な気配が自分に向かないことを祈りながら、尚は遺伝の法則について頭を悩ますのだった。








何だかんだ言いつつ、星華の話し相手やら昴と舌戦(←5歳児相手にいい勝負というのは情けない)やらをしているうちに、やっとキョーコが帰ってきた。旦那つきで。

「――オイ。そこにいるヤツは、倒れたんじゃなかったのか」
「それがね…」

こめかみに青筋を複数張り付け、口元を盛大に引きつらせる尚に、キョーコは溜息を吐きながら説明を始めた。



確かに蓮は倒れた。倒れたのだが、その容態は大したものではなかった。
そもそも彼が倒れた原因も、実に馬鹿らしいものだった。この一ヶ月ほど愛する妻や子供たちと満足に過ごせなかった上に、四日間完全に会えなかったストレスから、極度の不眠症と食欲不振に陥っていたらしい。更に、早く帰りたい一心から、かなり無茶なスケジュールで仕事を進めたため過労も加わり――結果、ぶっ倒れたそうだ。

蓮の慢性的な体調不良に気づいていなかった(蓮が気づかせなかった)社は、いきなり倒れた蓮に驚いてキョーコに連絡したのだが、目を覚ました蓮から事のあらましを聞くと当然呆れ返った。そして、心配ないことをキョーコに告げようとした矢先に、彼女が到着してしまったという次第である。



「……あんた、馬鹿じゃねーの?」
「キョーコ馬鹿であることと親馬鹿であることは否定しないよ」

心底馬鹿にした言葉を涼しい顔で流されたことに腹が立つ。
が、どうしても解せないことがあり、とりあえず怒りを抑えて訊ねてみた。

「……そういう事情なら、何でこんなに遅くなったんだ?往復に四時間はかかるとしても、向こうで五時間はいたことになるよな?大体、あんた仕事だろ?」

努めて冷静にそう訊くと、何故かキョーコは恥らうような仕種を見せ、蓮は嘘くさい笑顔を浮かべた。
瞬間的に、ヤバい聞くな聞いたら終わりだ地雷踏んでどうするよ俺、と思ったが、時すでに遅く――

「体調不良はキョーコの顔を見た瞬間に治ったからね。二時間で残っていた撮影を終わらせて、本当の意味で全快するために、栄養補給というか――キョーコ補給をしていたんだ。まだまだ満足はしてないけど、昴と星華にも会いたかったからこうして帰ってきたというわけだ」

予想通りの展開に頭痛を通り越して魂が抜けかけたが、ふとあることに気づき、尚は本日最大の怒気を込めて言葉を発した。

「………………ちょっと待て。じゃあ、何か?俺は、せっかくの休日、ほんっっっっとに久々の休みを、あんたとキョーコがいちゃつく時間を作るために、子守して費やしたのか……?」
「決して狙ったわけじゃないけど、結果的にはそうなったのかな?」
「っ…………!!!」

飄々とした蓮の態度に、青筋が数個追加される。
さすがに申し訳なさそうな表情を浮かべたキョーコが、場を取り持つように笑顔を見せた。

「ご、ごめん、ショー。一応感謝してるのよ?ねっ?」
「ああ、感謝してるよ。二人のことを見てくれてありがとう。あと、キョーコとの時間を作ってくれたこともね。後日、きちんとした礼をさせてもらう。今日はどうも」

蓮の言葉にプルプルと震えだした尚を見て、キョーコは焦ったように双子を呼び寄せる。

「ほ、ほら、昴と星華もお礼!」
「ショーちゃん、ありがとね!バイバイ!」
「メンドウ見てもらったきおくはないけど、一応ありがとう。でももう二度と来なくていいから。サヨナラ」


――ついに、尚の堪忍袋の緒は切れた。


「頼まれても二度と来るかこんな家ぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!(怒)」
















<おまけ>

ミュージシャン自慢の喉で絶叫した後、即行で自分のマンションへと戻った尚は疲労困憊だった。
かなり早いが、もう寝てしまおうとベッドにダイブした直後、携帯が鳴った。無視しようかと思ったが、仕事のことかもしれないので通話ボタンを押す。

――面倒くさがり、着信画面を見なかったことが最大の過ちだった。

『聞いたわよー♪災難だったわねー、松。でも、アンタが昔キョーちゃんにしたことを考えれば、当然の報いっていうか、アレよね。因果応報?ま、この程度じゃまだまだ償いきれないけど。それじゃねー!』

こちらが何かを言う前に話し出し、言うだけ言うと勝手に切った相手は、尚がこの世で最も苦手な人間。
その相手――キョーコの叔母であり、尚の天敵である明日香――の顔を思い浮かべ、彼は本日二度目の絶叫をしたらしい。











10万hit記念のキャラ投票、『報われないキャラ編』でした!
書いていてすっごく楽しかったです(爆)

どうやって尚君を「報われない」ようにするか考えた結果、このような話になりました。珍しく――というか、初めてオリキャラが勢揃い。(絡みはありませんでしたけど)
ロケ先で三時間、蓮様とキョーコちゃんが何をしていたかは、ご想像にお任せします(笑)