デートの基本





「蓮…」
「ん?」
「明日の予定、少し変更したいんだけど……いい?」

おずおずと切り出すキョーコに、蓮は首を傾げた。



「明日」――それは超多忙な二人がやっとのことで作り出した(マネージャーからもぎ取ったとも言う)デートの日である。しかし、予定など決めていない。
いつもは行きたい場所ややりたいことを決めておくのだが、偶にはそのときの気分で行動してみようということになっていたはず……

「……えっと…予定なんてあった……?」
「予定ってほどのことじゃないけど、車で出掛けることは決めてたでしょ?」
「ああ…うん、そうだね」
「それでね?その車で出掛けるのを中止して、待ち合わせしたいの」
「………………は?」

キョーコの発した言葉の意味を、知識を総動員して考えてみる。しかし、何度考えても理解できない。

【待ち合わせ=あらかじめ時間・場所を定め、そこで落ち合うようにすること】

つまり、別行動をする予定の人や別行動している人などが使う手段である。
明日は一日オフで別行動するような用事はないし、だからこそ車で出掛けることにしていたのだし。

「あ。もしかして何か用事ができた?それなら付き合うけど?」
「え?用事なんてないわよ?」
「ない?……なら、どうして?」
「……だって。蓮、同居前から「同棲。」……同居でもいいじゃない…」
「ダメ。響きが良くない。愛が感じられない。心温まる呼び方がいい。」
「〜〜〜〜〜っわ、わかったわよ///
……ど、同…棲……する前から、車で迎えに来てくれてたでしょ?だから、待ち合わせって一度もしたことなかったなーって…」
「??仕事帰りとかによく待ち合わせしてるじゃないか」

顔を真っ赤にしてある二文字を言い切ったキョーコに「それくらいで……可愛いなぁ、もう」なんてことを思いつつも、彼女の発言に疑問を持ち、それをそのまま口にしてみた。――が、

ちっがーーーーうっ!!相変わらず女心に疎いわね!」
「えっ!?」
「私はね、デートの基本中の基本、『ごめんっ、待った?』『ううん、今来たところ』『ほんと?それじゃ、行こうか』ってのをやりたいの!」
「…………そのやり取り、仕事帰りの待ち合わせでもしてるよ?」
だから違うっ!『もうすぐ来るかな?』とか『この服で良かったかな?』とかっ!デートのことを考えてドキドキワクワクしたいのよっ!あんなのはカウント外!!」
「カ、カウント外…」
「そう!」
「そ、そうなんだ…」

「恋愛音痴」と称されていた蓮では考えの及ばない話をここまできっぱりはっきりとされては、それを鵜呑みにするしかない。元々、どうして急に待ち合わせをしたくなったのかを聞きたかっただけで、別に反対する理由はないのだ。


蓮は二つ返事でキョーコのお願いを聞き入れた。







「うふふ♪ちょぉーっと早かったかなv」

待ち合わせ場所に予定より30分も早く着いたキョーコは、着がえた服を入れてある袋を片手に、楽しそうに辺りを見回した。


別れてからすぐに待ち合わせるのも変なので、二人とも二時間前にマンションを出ていた。予定時間までは好きなように過ごし、昨日決めた待ち合わせ場所で落ち合うことになっている。

蓮の場合「他に用事もないし」とか言ってずっと待っている可能性が高いため、そこのところはキツク言い聞かせておいた。
大体、こんな人の往来が激しいところに超有名人である蓮が居たら、二時間どころか数分で大騒ぎになってしまう。これはキョーコにも言えることなのだが、変装すればバレにくい彼女と違って蓮の長身だけは隠しようがない。歩いているならいざ知らず、ボーっと立っていたら嫌でも目立つだろう。

(いつもなら見つけやすくていいんだけど、こういう時には不便よね……)





そんな事を思いながら待つこと早10分。
背後から肩を叩かれ、蓮が来たのかと喜色を浮かべて振り返った。

「れ――あれ?」
「やっぱり!君、女優の京子でしょ?」
「え!?…あ、いえ、その……人違いです」
「ウソウソ!絶対本物だって!」
「俺達ファンなんだよね〜v サインしてくれない?」
「あ、もし暇なら一緒に遊ぼうよ!」

目の前にいたのは待ち人ではなく、「京子」のファンだとかいう男三人。バレない自信があったのだが、見破られてしまったようだ。
となると、仮にもファンだと豪語する相手を冷たくあしらうわけにはいかない。たとえ見るからに軽そうで、キョーコの嫌いなタイプであっても、だ。

「ごめんなさい、人と待ち合わせしてるんです。それと……あまり目立つ行動はしたくないので、サインはちょっと……」

できるだけ笑顔を浮かべ、丁重に断ってみる。しかし、案の定それは通用しなかった。

「待ち合わせー?天下の京子を待たせるようなヤツなんか放っといて、俺達と遊んでよ」
「俺達ファンなんだし」
「そうそう。サインはいいからさ〜」

食い下がるファン三人――いや、ナンパ男三人に、キョーコの怒りゲージが一気に上がっていく。

(大切な人だから待ってるってことくらいわかんないの!?大体ファンだからって何言っても通用するわけないでしょ!!『サインしないでいいから代わりに遊ぼう』なんて何様のつもり!?)

あくまで顔には出さず、心の中で悪態をつく。
だが、調子に乗って尚も言い募るナンパ男共に我慢も限界のようで、久しく封印されていた怨キョ達が踊り始めたその時――

「そこの三人。邪魔だから消えてくれないか?」

キョーコの背後から、低く、凄みの利いた声が聞こえた。


振り返らなくてもわかる。言わずと知れた、敦賀蓮その人だ。
しかもかなりご立腹のようで、蓮と対面しているであろうナンパ男三人は、面白いくらい震えている。顔面蒼白のオプション付きで。

その反応と聞こえた声色から、彼が魔王化していることは間違いないだろう。その恐ろしさを存分に体験しているキョーコには、背後を窺う勇気はない。

「……聞こえなかったのか?目障りだから失せろと言っている。今ならまだ黙って見逃せるが、これ以上そこにいるのなら――」
「「「し、失礼しましたぁぁぁぁっ(涙)」」」

二度目の勧告――というか命令に、ナンパ男三人は蜘蛛の子を蹴散らすようにして去って行った。それはもう、なりふり構わず命からがら逃げる勢いだ。


残されたキョーコは振り返ることもできず、身を強張らせていたが、「キョーコ?」と優しく声をかけられ、恐る恐る身体を反転させた。
そこには、ついさっきの雰囲気など微塵にも感じさせない蓮がいた。その優しい微笑みを目にして、キョーコの緊張も解ける。

「大丈夫?何もされてない?」
「うん!しつこかったけど、すぐに蓮が来てくれたからv」
「早めに来て正解だったな……まあ、キョーコの方が早かったけど」
「えへへ〜v」
「少し前に着いてはいたんだけどね。出掛けたときと違う服を着てるなんて思わなくて、なかなか見つけられなかったんだ。ごめん…」
「……蓮が謝る必要なんてないでしょ?私がしたくてしたんだし」
「そういえば……なんで着がえてるんだ?」
「蓮を驚かせたくてv ……どう?」
「……うん、よく似合ってる。可愛いよ」(にっこり)
「あ、ありがと///」

恥ずかしげもなくさらっと褒める蓮とは逆に、言って欲しかった言葉を貰えたキョーコは思いっきり照れてしまう。
そんな彼女を愛しそうに見つめながら、蓮は右手を差し出した。

「ちょっと早いけど、行こうか?」
「……うんっv」







<おまけ>

「それで?『待ち合わせ』はどうだった?」
「(あの人達が来るまでは)楽しかった!」
「それは良かった(にっこりv)――ああ、でも、もう二度としないから」
「えっ?な、何で……?」
「……また、今日みたいことにならないか心配なんだ…」
「……蓮///」
「それに――」
「??(『それに』……何?)」


「次は、相手を見逃せる自信がないからね」











どこが甘いのか自分でもわかりませんが、当サイト2万hit記念のフリーSSです。

キョーコちゃんがかなり暴走してます。件のやり取りは「デートの基本」じゃないって(笑)
アホ三人は典型的なナンパ君です。あんなファン、いりません(笑) キョーコちゃん自身でも追い払えたでしょうけど、そこは蓮様にv


どうしようもない駄文ですが、「仕方ない、もらってやるよ」という心優しき方がいらしたら、どうぞお持ち帰り下さいませv