手袋





「最近、寒くなってきたな」
「そうねぇ……もうすぐ冬だもの。昼はともかく、朝夕は冷え込んできたわよね」
「そろそろ、冬支度しなきゃダメかな?」
「えっ!?」

キョーコは蓮の言葉を聞いた瞬間、思わず自分の耳を疑った。
ひどく驚いている様子のキョーコに、不思議そうな顔をする蓮。

「?どうした?」
「いやだって……蓮の口から『冬支度しなきゃ』って言葉が出てくるなんて、思いもしなかったわ」
「ひどい言われようだな。どうしてそんなこと思うんだい?」
「どうしても何も……蓮、去年は私と社さんが散々言い聞かせても『俺は鍛えてるから大丈夫だよ』なんて言って、薄着で過ごそうとしてたじゃない。どういう風の吹き回し?」


蓮は重ね着をしたり、生地の厚いものを着たりすることが苦手らしく、真冬でも秋用の服にコートを羽織るくらい。たとえ本人が寒くなくても、見ているこちらが寒くなるような格好であった。
社もキョーコも蓮が体調を崩してしまわないかと心配で、去年は口が酸っぱくなるくらい何度も何度も「きちんとした服を着ろ」と忠告した。

それなのに、今年は誰に言われるまでもなく冬支度をするという。
――有り得ない。


明らかに不審げなキョーコに、蓮は苦笑する。

「……それだけ、去年のキョーコの言葉が利いているって事だよ」
「去年……?………………ああ、アレかぁ」
「なに、忘れてたの?ひどいなぁ、俺、結構肝が冷えたんだけど?」

イヤ、忘れてたんじゃなくて脳内消去してたんだけど。あと、肝が冷えたのはの方よ……

微妙に冷や汗を掻きながら、去年のことを思い出す。
去年の冬――いつまで経っても忠告を聞き入れようとしない蓮に向かって、キョーコは最後の手段に出た。
すなわち――

『私がこれだけ心配してるのに、蓮は私のことなんてどうでもいいのねっ!?だったら……別れましょっ!!


……その直後、蓮の周りの空気は氷点下にまで下がり、あまり顔を出さなくなっていた般若の顔がはっきりと浮かび上がった。
それはもう思わず意識を投げ出したくなるくらいの恐怖を感じ、生きた心地がしなかったことは今でも鮮明に思い出せる。

あの場は何とか収まり、その後は蓮も服装に気を使ってくれるようになったので記憶の隅に追いやっていたのだが……


「そっかv 一応気に留めてくれてたんだv」
「あんな思いは、もうしたくないからね」
「ふふっ。じゃあ、これから何か買いに行く?時間あるし――って、ああ!?」

急に大声を上げて立ち止まるキョーコ。つられて蓮もその場に止まる。

「どうした?いきなり大声出して」
「……えっと、そのぉ……手…は……ないで
「何?聞こえない」

さっきまでとは違い、小声でボソボソと何かを告げる。
蓮は良く聞こえるように少し屈み、耳を寄せた。


「……だから…手袋は買わないでね?」


突拍子もないことを言い始めたキョーコに「どうして?」と尋ねると、彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
その様子に一つだけ心当たりを見つけ、蓮は幸せそうな微笑を浮かべる。





「わかったよ。手袋は買わない。だって――手袋をしたらこんな風に手を繋げないしね?





返事は、少しだけ強くなった手を握る力。











誰ですか、これ。蓮様ともかくキョーコちゃん有り得ない。
ふふふ……所詮はこんなモンさ☆┐(´ー`)┌

お題の『手袋』……この二人には必要ないだろうという話です。