天使とは幻相なり





「キョーコちゃん、お疲れ様!」
「お疲れ様です、社さん。敦賀さんも、お疲れ様でした」
「うん、お疲れ様。……最近は『未緒』が抜けやすくなったね」(クス)
「敦賀さんっ///」

キョーコの「未緒」が認められて以来、撮影は順調に進んでいる。ただし、「未緒」になりきっているキョーコは撮影直後だと役が抜け切らず、声をかけてくる社は無視し、蓮には凄まじい殺気を飛ばす始末だった。
それも最近は収まり、こうして和やかな会話を撮影終了後に交わすようになっている。


「もうっ!私をからかうの、そんなに楽しいですかっ」
「まあ…楽しくないと言えば嘘になるね」
「……つ〜る〜が〜さ〜〜ん?」
「ははっ、ごめんごめん。冗談だよ。それより、この後事務所に行くんだろう?俺達もだから、一緒に行けばいい」
「え?悪いですよ、そんなの」
「いいから。ね?」
「そうそう。遠慮する必要なんてないよ」
「……じゃあ、お言葉に甘えて。よろしくお願いし「京子さん」はいっ!」

名前を呼ばれ、咄嗟に返事をする。呼んだのは緒方監督だ。
見ると、彼は申し訳なさそうな表情でこちらを窺っている。

「あの…お話中すみません。京子さん、この後少し時間ありますか?」
「この後、ですか?えーっと…」

言いよどみ、蓮と社に視線を送る。その意味を正しく理解した二人は、軽く微笑んだ。そして「いいよ、待ってるから。そんなに掛からないんでしょう?」と、前半はキョーコに、後半は緒方に話しかける。

「ええ、用件自体は10分くらいで終わるはずです」
「……あの…それで、用事って何ですか?」
「あ、僕は春樹に頼まれただけで詳しくは知らないんですよ」
「麻生さん、ですか?……ということは、PVのことで?」
「それもあるみたいですけど、個人的な部分が大きいとか…」
「???」

要領を得ない会話に首を傾げていると、ちょうど麻生が顔を出した。


「こんばんは、京子ちゃん。ごめんなさいね?啓文に足止めさせて」
「あ、いえ!あの、こんばんは!」(ペコリ)
「ふふ、そんなに畏まらなくてもいいのよ?今日は個人的な用事だから」

「……彼女は?」
「以前お話した不破尚君のPVの総合プロデューサーで、麻生春樹です。ちょっとした知り合いでして」
「そう、ですか…」


二つの会話が同時進行で行われた後、緒方を間に自己紹介を済ませる。

「今日来たのは、京子ちゃんに見てもらいたいものがあったからなのよ」
「私に、ですか??」
「ええ。啓文、ここにDVDデッキあるわよね?ちょっと貸してちょうだい」
「デッキならそこにあるけど…」

バッグから徐に取り出したDVDディスクをデッキに差し込み、簡単に説明を始める。

「『Prisoner』を商品用とは別に編集してみたのよ。京子ちゃんの天使、凄く幻想的だったから、あれだけの映像しか残らないのはもったいないでしょ?」
「えっ?本当ですかっ?」
「ええ。我ながらいい出来だと思うわ」
「ありがとうございますっ!あのヒラヒラした衣装、おとぎ話の住人になったみたいで気に入ってたんですよっvv」

麻生の心遣いに甚く感動している中、蓮と社は話が飲み込めずにいた。

「……天使?」
「って、緒方監督が見初めたという『悪魔よりも邪悪にして、闇よりも闇色のオーラを持った』天使のことかなぁ?」
「……ちょっと啓文。あなた、そんなこと言ったの?」
「う、うん」
「京子ちゃんに失礼でしょ!……まあ、仕方ないかもしれないけど。あなたに見せたのは『天使が悪魔に変わる瞬間』のシーンだけだったし……はい、再生するわよ」
「わぁvv」

興味津津に画面に張り付くキョーコの横に、蓮、社、緒方が並ぶ。
そのことに、キョーコは違和感を感じた。

「……なんで皆さんまで見るんですか?」
「いや、気になるし。監督から聞いたときから見てみたかったんだよね〜」
「僕も気になって……一部しか見てなかったから…」
「それとも何?見られてまずいことでもあるの?」(キュラリ)
(出たっ!似非紳士スマイル!!)い、いえ!ただ、何となく気恥ずかしくて……それに――」
「ん?」
「………………何デモアリマセン。」
「??そう?」

(――言えないっ!言えるはずがないわ!!『以前このPVが原因で敦賀さんが大魔王(サタン)化したから見られるのが恐い』なんてっ)

心の中で涙するキョーコを余所に、社は麻生に至極当然な疑問をぶつけていた。

「ところで、俺達も見ていいんですか?プロモ、発表前ですよね?」
「別に構わないわ。これは商品用のプロモとは全く違うから。それに、敦賀君には啓文がお世話になったらしいし…」
「え?蓮が緒方監督を、ですか?」
「ちょっ…春樹!」
「ああ、気にしないでちょうだい。あ、始まったわ」

その言葉を合図に、五人の視線は画面へと注がれた。






――さながら、幻のように美しい天使のカットが次々と流れる。

稲穂のように輝く、金色の髪。
サファイアを髣髴させる、深い蒼の瞳。

彼女が静かに微笑めば、その美しさに惹き込まれ――無垢な笑顔を向ければ、心に優しい温もりが染み渡る……






男性陣が画面の中の天使に見惚れ、僅かなリアクションさえ取れずにいる中、キョーコは顔を真っ赤にして慌てていた。

「うわっ/// いつの間にこんな映像撮ってたんですか?身に覚えがないんですけど///」
「撮影の合間とかにねv」

その後も次々と映像が流れていき――悲劇は突然訪れた。

「……はあ!?何これーーーっ!!(怒)

目の前に映し出されるありえない映像に、キョーコの怒りが一気に噴き出した。
その映像とは、尚単体のカットからキョーコとのツーショットへと変わっていくもの。しかも、この上なく甘い雰囲気。そう――まるで恋人同士のような雰囲気が二人を支配していた……


キョーコには先程の自分単体の映像以上に身に覚えがない。というか、天地がひっくり返ろうが太陽が西から昇ろうが、絶対にありえない。

「ああ、これ?どうせだから、美森ちゃんのとこに京子ちゃんの映像を入れてみたの。どう?違和感ないでしょ」

満足げに言う麻生。
一方、社は冷や汗を滝のように流しながら、悲鳴を上げていた。

なんてことをーーーーっ!!キョーコちゃんが不破と仕事をしただけで、あそこまで不機嫌になる蓮だぞ!?こんな映像を見た日には……

そこまで考えを巡らせた瞬間、以前感じたことのある寒気に襲われる。「やっぱりか!?」と思いつつ、恐る恐る蓮を覗き見た――が、予想に反して、多少不機嫌ではあるものの大魔王(サタン)化はしていない。
拍子抜けして首を傾げていると、逆隣から凄まじいまでのプレッシャーが……


「…………麻生さん?このDVDはどうなさるおつもりで?」
(何なにナニーーっ!?京子ちゃんが京子ちゃんじゃないわっ)……きょ、京子ちゃんにあげるつもりだったから、好きにしてくれていいわ…っ」
「……そうですの。なら――叩き壊しても問題ありませんわね…?

宣言すると同時にデッキからディスクを取り出し、破壊しようとするキョーコ・未緒バージョン。「美月」を見るような瞳でDVDデッキを睨みつける。
――と、ソレを庇うように横から手が伸びてきた。

「……何です?」
「ん?いらないなら俺がもらおうと思ってね」
「そんな百害あって一利なしの代物を手にしてどうすると?」(ジロリ)
一部余計な物体が紛れ込んでいるけど、こんなに綺麗な君がいるんだよ?失うのは勿体ないじゃないか。大丈夫、ノイズ部分は消しておくから」(にっこり)
「許可しかねますね。ソレがこの世に存在する限り、この憎悪は消えません」
「俺は、君の頑張りが手に取るようにわかるこの映像が欲しいね」

端から見れば口説いているようにしか思えないセリフを、何の気負いもなく口にする俳優と意に介していない女優。
恋愛音痴、ここに極まれたり。

その後も外野三人そっちのけで(社は傍観、緒方は「やっぱり、敦賀君って……」とどこか楽しそうに妄想中、麻生はキョーコの変貌ぶりに硬直したまま)押し問答を続けていた二人だが、ぷっつりと途絶えた。

「……最上さん?」
「…………もし、その忌々しいブツを消してくれたら、三回に一度はお弁当を作ってきますけど?」

ピー・・ガガッ プシュ〜・・

……何とも言えない奇妙な音が響き渡った。
四人の視線が、「音の原因」に集まる。彼は悪びれない、いっそ清々し過ぎるくらい爽やかな笑顔をその面に張り付けていた。

「…………社さん。あなた、何てことを…」
「(スルー)キョーコちゃん。たぶん、これでディスクごと壊れたはずだよ」
「あ、ありがとうございます…(汗)」
「いえいえvそれじゃ、これからよろしくね!」
「は、はい?」
「ほら!『三回に一度はお弁当を作ってくれる』ってヤツだよ。いやぁ、助かるな〜♪これで三回に一度は蓮の食事を心配しなくて済むなんて♪
…………なんだ?蓮。その表情は。何か文句でもあるのか?あるなら言ってみろ。いつもいつもお前の不摂生な生活に頭を悩ませている俺に言えるものならな
「……いえ、結構です…」







――こうして、美しい天使はその存在感を脳裏に焼きつけたまま、幻のごとく消えたのだった。











RINKA様の26500hitリク、「麻生さんが美森ちゃん抜きのPrisonerを編集。幻のように美しいそれにキョーコが未緒と化してデリートしようとするのを止める、恋愛音痴・蓮。合理的に社さんが破壊して、文字通り幻に」でした!

時期は、蓮様が緒方監督からNG出され始める前です。リクエスト通りにできた自信が全く無いというウツケぶり(汗)
「合理的に破壊」って……アレ、「合理的」なんでしょうか…? ←お前が訊くな


あ゛〜、RINKA様。色々とツッコミ所がありますので、遠慮なくドウゾ(涙)