ハムスターの飼育過程 前編 「………………何なの、これ」 恋人の書棚から怪しい書物を見つけた瞬間、誰にともなくそう呟いてしまった。 怪しいといっても、決して如何わしいものではない。むしろそうであった方がまだ納得できただろう。 本来なら居るはずの部屋の主は、急遽変更となったスケジュールの調整のため出掛けている。その際「書棚の本でも読んでて。……できるだけゆっくり読んでくれると助かるよ」と言われたので、それなら・・と書棚を漁っていて問題のブツを見つけたのだが―― 〜ハムスター(仮)の飼育過程?〜 ……何なのだろう、これは。 彼がハムスターを飼っていたという話は聞いていないが、それはさして気にするほどの事でもない。突っ込むべきところは他にある。何故ハムスターに(仮)がついているのかとか飼育過程?と疑問系にされても訊きたいのはこちらの方だとかそもそも「飼育過程」とは何だ「成長過程」ではないのかとか。 気になる。とてつもなく気になる。 「…………これも書棚にあるものだし…読んでいいのよね?」 微妙に隠されていたような気もするが、忘れてしまえば問題ない。 早速それを取り出し、読むことにした。 〜ハムスター(仮)の飼育過程?〜 * ○月×日 気分的に快晴 やった!やったぞ!!ついにあの超ド級恋愛音痴が自覚してくれたっ!! これで俺の苦労も半分は報われた気がするよ! あまりにも嬉しいから、これからの二人を日記に認める事にした。 タイトル…どうしようかな?何もないと味気ないし、だからってダイレクトに書くのは……危険だよな。アイツが俺の部屋に来る機会はほとんどないし、これに気づく可能性もないに等しいけど……アイツだからなぁ。完全に否定できないところが恐ろしい…(汗) う〜ん・・わかりやすくて不自然じゃないのを思いつくまで保留だな。 * ○月△日 アイツ的に曇天 ……どうしてアイツはこの手の事がダメなんだ? 確かに色々と戸惑う事もあるだろう。たぶん、アイツにとって初めての恋だ。歳はともかくあの顔でこれが初恋っていう事実には笑え――じゃなくて驚きだけど。 でもな?照れ隠しとはいえ会う度にからかったり、他の男と話してるからって刺々しい口調になるのはどうかと思うぞ? お前は好きな子をイジめてしまうどこぞの小学生か。 まったく…そんな事ばかりしてるせいだぞ?折角多少は微笑ましい関係になってたのに、顔を見るなり逃げ出される状態に逆戻りしちゃったじゃないか!悪化させてどうするんだよ!? ……自分でもわかってるみたいだけどさ。 ちなみに今日はこんな感じだった。 『――でいいな?…………聴いてるか?』 『ええ、彼女がいます』 『わかった、聴いてないんだな。で、どこに?』 『ダンボールを抱えてヨロヨロこっちに来てるじゃないですか。いつものツナギじゃないって事は、帰りに捕まったんでしょうか?』 『……………………お前、よくこの距離で判断できるな』 『は?……できるでしょう?』 『普通は無理だ。俺にはダンボールが移動しているようにしか見えないね。言っておくが視力は関係ないぞ?下半身しか見えないんだから』 『………………………』 『ん〜〜〜…うわ、本当にそうだし。社長じゃないけど、愛の力ってすごいな〜♪ ――俺を睨む前に声かけたら?』 『……言われなくても』 『あ、ほら。こっちに気づいたぞ』 『え?』 『…でもって逃げたな』 『………………………』 『おおおおおおお俺に怒るなよっ、俺のせいじゃないだろっ(涙)』 『………わかってます…俺が悪いんですよね……彼女への接し方が悪いから…』 『…追いかけるか?』 『――いえ、今日はいいです。時間もありませんし、仕事に戻りましょう』 『あ、ああ…』 はぁ…(汗) 誰でもいいから、恋愛のマニュアル本をアイツに渡してやってくれ。 …社長、持ってないかな……いやダメだ。そんな事を訊いた日には、どこであろうと正座させられた挙句「この俺の前で世迷言を…いいか!?恋愛にマニュアルなんてモンはねーんだよ!一人一人違うからこそ価値があるんだろーが!!そもそも愛というのは――」って、延々と愛について説かれるに違いない。 …………待てよ?本人にやらせればいいんじゃ――やっぱりダメだ。社長の話はレベルが高すぎてアイツには理解できない気がする。 ……仕方ない。ここは一つ、お兄さんがアドバイスしてやる事にしよう。 >>追伸 タイトルはまだ決まらない。 彼女の逃げっぷりが何かを髣髴させるんだけどな…何だろう? * □月○日 彼女的に嵐 何がいけなかったんだ!? アレか!?あのアドバイスがいけなかったのか!? いやでもちょっと待て!確かに「もっと素直に気持ちを出してみろ」とは言ったさっ!ああ言ったとも!!だが断じて「会う度に口説け」とは言ってない!!! 何より本人に口説いてるという自覚がない事が問題だ!!どこまで恋愛音痴なんだアイツはっ! 彼女の反応もなぁ…あれはどうとったらいいんだろう? 以前のように警戒心丸出しで逃げ出す事はなくなったけどさ。あの顔を至近距離で見て、あの声で耳元に囁かれたら……誰だって赤くなるだろうし。 …………あれ?彼女の場合は青くなるときもあるか??――何を言ったんだアイツは(汗) とにかく、現時点では脈ありかどうか判断できないが…少なくとも嫌われてはいないはずだ。何故なら俺は一度、あの二人が互いに嫌い合っていたときの雰囲気を経験している。あの気まずい空気は忘れようがないからなっ(涙) 逃げ回っていたときも何を言われるのかと警戒こそすれ、決して本人を嫌がってるわけではなかったみたいだし。 その証拠に、今日はこんな感じだった。 『やあ、偶然だね』 『!?つつつつつつ…っ////』 『……やれやれ、随分な反応だな…………(反則的な憂い顔で)俺とは…会いたくなかった?』 『っ!!そんな事はっ』 『俺は嬉しいんだけどな…君と会えて』 『なっ///』 『TVでも雑誌でもなく――こうして直接君の姿を見て、声が聴ける…それだけで俺は幸せなんだけど?』 『〜〜〜〜〜っっ////』 『……どうした?真っ赤だし…涙目になって……熱があるのか?』(ピタ) 『なななななな何してるんですかーーーーーーっ///』 『何って…熱を測ろうと』 『手でやってくださいっっ手で!っていうか熱もありません!!』 『え?でも…』 『ないったらないんですっっ!それよりさっきみたいな事を甘やかな表情で言わないで下さいっ/// 紳士スマイルとは別の意味で心臓に悪いですっっ』 『は??』 『っっっっもういやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ・・・・』(脱走) 『?????』 ……あの二人、俺の存在忘れてたよな…? >>追伸 わかった!ハムスターだ!!あの小動物な感じといい、逃げっぷりといい――ハムスターそっくりじゃないか!いきなり予測不能な行動に出るところも似てるし! これのタイトルは「ハムスターの観察日記」か?いや、本当のハムスターじゃないから「ハムスター(仮)の観察日記」?……何か違う気がする。別に彼女を観察してるわけじゃないし。 ……よし。とりあえず前半だけ採用して、後半はまた今度にしよう。 |