虚構と現実と





「……ふぅ……」
「お疲れ様、モー子さん」
「お疲れ」
「どうも…」

撮影が終了し、一息つく奏江に、キョーコと逸美は労いの言葉を掛けた。





彼女達は今、同じドラマに出演している。
実力派女優としての地位を確立している三人を共演させるのは並大抵のことではなかったが、ドラマの特殊性故にどうしても必要だったのだ。

今回のドラマでは、彼女達は“PA”である。ご存知、以前奏江が演技練習と現金収入のためバイトしていた、あの“PA”だ。
しかし、このドラマでは「毎回の話の流れは決まっていても、会話は全てアドリブ」という、台本とは言えない台本しかない。更に、彼女達の配役すら毎回決めなくてはいけない。週毎に変わる“PA”への依頼人”がゲストキャスト(招かれるのは視聴者アンケートで上位の芸能人)であり、彼らに相手を指名する権利があるからだ。

従って、元々“素人”の役であるゲストキャストはともかく、“PA”の役をする人間には「どんな役でもこなせる実力」が求められた、というわけだ。相手に選ばれなかった二人にも「台本通り話を進めるアシスト」という重要な役があった。
(ちなみに娘や恋人、友人役は満遍なく指名され、妹役はキョーコ、姉役は奏江と逸美が指名されることが多い)

慣れていた奏江と違って最初は苦戦していた二人も、今では結構楽しんでいる。





「次のゲストって誰だっけ?」
「さぁ?知らないわ。本人の希望で秘密だったらしいけど、もうすぐ打ち合わせだからわかるはずよ」
「でも、本当に誰かしら?出し惜しみなんてヤな性格よね」
「――悪かったね、『ヤな性格』で」

そんな会話を交わしながら歩いていると、背後から聞き覚えのありすぎる声が掛かった。

「「敦賀さん!?」」
「蓮!?」
「驚かせようと思っていただけで、出し惜しみしてるつもりはなかったんだけど……気を悪くしたなら謝るよ」
「えっ?――あ、いえ、別に…」
「ゲストって蓮だったんだ」
「……敦賀さんならするわよね、こういう事」

逸美とは違って蓮に驚かされ慣れているキョーコと奏江は、すぐに冷静さを取り戻していた。(ちなみに逸美も二人の関係を知っている)
蓮は「短い間だけど、宜しく」と、三人ににっこり笑いかけた。


「ところで社さんは?」
「先に打ち合わせ室に行ってるよ。俺は君達の出迎え」
「……『君達』じゃなくて『キョーコ』でしょ」
「モー子さんっ///」
「ゲストが敦賀さんなら、当然相手は最上さんよね」
「逸美ちゃんまでっ/////」
「「違うって言えるの?」」
「………………」

否定しきれず、沈黙するキョーコ。蓮も苦笑した。

「それはまぁ…事実だけどね。個人的な事を抜きにしても、彼女が適任だと思ったんだよ」

蓮は次回の台本を簡単に説明した。
それは「旧家の跡継ぎである高柳怜(=蓮)が無理矢理見合いをさせられる事になった為、見合い相手に劣らない“お嬢様”の恋人を親に紹介して破談させる」というもの。

「二人の実力なら“お嬢様”を演じるなんて訳ないだろうけど、やっぱりキョーコが一番洗練されてるかな?って」
「……確かに」
「どうしても“経験”には勝てないわよね」

蓮の意見に、奏江と逸美は頷いた。長年に渡って培われたものが、研究して完璧に演じているものより質が良いのは当然である。
キョーコも納得したのか、恥ずかしそうにしながらも笑顔を浮かべた。

「そういう事なら精一杯頑張るわ。ヨロシクね!」
「お手柔らかに」

二人は握手を交わし、気持ちは翌日からの撮影へと向かった。







『――本当に付き合ってくれないか?』
「え…っ!?」

突然の台詞に、キョーコは素で驚いた。





――撮影は順調に進んでいた。


事務所を訪れた怜が事情を説明すると、逸美と奏江が「それなら彼女を。幼少から作法の習い事をしていますから」と、京子を紹介した。(彼女達は毎回違う偽名を使うので、それ以外ではいつも通り名乗っている)
そして、京子は綾乃という偽名で恋人役をすることになる。

綾乃を紹介された怜の両親は、最初こそ冷たい態度だったが、お辞儀からお茶までこなす上に恋人としても完璧な綾乃をとても気に入り、予定されていた見合いは破談となった。

無事依頼を果たせた京子は、怜に嬉しそうな笑顔を向ける。

『上手くいって良かったわね!後は些細な原因で別れたことにするだけよ』
『…………そう…だね……ありがとう…本当に感謝してるよ』
『――どうしたの?』
『え…?』
『全然嬉しそうじゃないわ…何か、問題あった……?』

京子としてだけではなく、キョーコとしても彼の表情の意味がわからない。
ゲストが戸惑うアドリブ撮影も、蓮は初めてとは思えないくらい上手く進めていた。怜の「素人が懸命に演技している」という部分も完璧だったし、後は依頼の終了とともに別れるだけなのだが……


蓮――怜は複雑な表情を浮かべた。

『いや、君は本当に良くやってくれたよ……俺に…俺の気持ちに問題があるんだ』
『怜さんの…気持ち?』
『――本当に付き合ってくれないか?』
「え…っ!?」

台本と違う展開に素で返してしまったキョーコ同様、周りのスタッフ達からも動揺が伝わってくる。しかし、監督からは「カット」の言葉が出てこない。つまり、「このまま続行しろ」ということだ。

『な、なにを…』
『君にとってはただの演技でしかないとわかってる……でも俺は、本当に君の事を好きになった』
『………………』
『“恋人のフリ”はこれで終わるけど、これからは“本当の恋人”になって欲しい』
『……あ、あの…それは……』

キョーコは返事に困ってしまう。
普通に考えれば断るのが当然だ。彼はゲストで今回だけの出演なのだし、「京子に恋人がいる」という設定を勝手に作るわけにはいかない。
だが、彼の真剣な表情を見ると……ただの演技なのに、断る勇気が持てない。なまじ虚構と現実が入り混じっているせいで、余計に。


場の緊張感がピークに達しようとしたその時――

『京子!!』
「えっ!?」
『もーーー!遅いじゃない!!いつまでかかってるのよ!!』
「えっ?なにっ??」
『予定時間を過ぎても帰って来ないから、心配になって様子を見に来たのよ――次の依頼もきてるし』

いきなり登場した奏江と逸美に、またしてもキョーコは素で返してしまった。どうやら蓮のアドリブにアドリブで対抗してくれているようだ。
逸美の意味ありげな視線に、キョーコはやっと動き始める。

『ご、ごめんなさい!あなたの気持ちは嬉しいんだけど、突然すぎて……』
『…………仕方ないね…本当に急だったし』
『……ごめんなさい』
『――そんな表情(かお)しないでくれないかな…?俺が悪いんだから、君は何も気にしなくていい』
『でも…』
『ほら、彼女達が待ってるよ?……次の依頼があるんだろう?』
『……うん……』
『また逢う事があったら――』
『え?』
『その時、改めて口説かせてもらうよ』
『――っ////』
『それじゃあ……またね』

凄いことをサラリと言って、怜は元来た道を戻って行った。
顔を赤くした京子は、「今のは何!?」「お邪魔しちゃったのかしら?」と奏江と逸美に軽い詮索を受けながら事務所へと戻って行く。



……その直後、「カ、カットーーー!」という監督の言葉が聞こえた。







「……ビックリした」

蓮のマンションに戻ったキョーコは、先に帰っていた蓮に「ただいま」と告げる前にそう言った。

あの後、監督からOKをもらったキョーコ達は次のゲストとの打ち合わせがあり、また、蓮は次の仕事に向かったため、話せず仕舞いだったのだ。

「ごめん…役の中とは言え、あのままあっさり別れたくなかったんだ……あの撮影、どうしても“演技”って感じがしなくて」
「それは否定しないけど…」

蓮の感じたことはキョーコも感じていたことだ。だが、いつもの蓮なら役者として割り切るはず……
それを伝えると、蓮はバツの悪そうな表情を浮かべた。

「………上手くいけば、あのドラマの中でも恋人になれる――って思って。あの監督、そういうの好きだから」
「あのね……無理に決まってるでしょ?スケジュール、いっぱいのクセに」
「……まぁね」

呆れて言うキョーコに、蓮は軽く肩をすくめて見せた。
そんな蓮を見て、キョーコは深い溜息をつく。

「私だって蓮の恋人役ができたら嬉しいけど……所詮、役でしょう?『最上キョーコ』は『敦賀蓮』と付き合ってるんだから、それでいいじゃない」
「……そうだね。これ以上を望むのは、ちょっと欲張りだったかも……現実では、『キョーコ』は俺の傍にいるんだから…」
「ん…」


その後、二人は“現実”を噛みしめたのだった……







――蓮が出演したドラマの放送後。
彼に「京子の恋人役」のオファーがきて、社がスケジュールの調整に忙殺されたのは別の話。











蓮香様からの45000hitリク、「キョーコちゃん、モー子さん、逸美ちゃんが、ゲストキャスト(歌手・俳優・タレントなどは不問)は週代わりのドラマで共演。それに蓮様が出演する」のつもりです。

設定がかなり破綻してますが……いつもの事ですし。 ←お〜い
役名と本名の使い分けが難しかったですね。
むしろ使い分けできてないですが、気にしないで下さい…( ̄  ̄;)


蓮香様…散々待たせた挙句、こんなものですみません(汗)
苦情はいつでも受け付けますので!