撮影終了





キョーコの姿が完全に見えなくなってから、明日香は新開に話しかけた。

「――さて、と。そろそろ撮影の方に戻りましょうか」
「…大丈夫か?」
「心配は心配ですけど……正直、あの子の足を気にしながら演技を見てたときよりもずっと心穏やかですね。病院に担ぎ込まれるまでの過程に大いに問題があったとはいえ、しっかり治療してもらえますし。
――もちろん、治療費は諸悪の根源に全額請求しますけどね?
「……普通『運ばれる』って言わないか?作家がそれじゃダメだぞ」




ツッこむ所はそこか。



明日香の黒い発言には反応を見せず、文法を訂正する新開。
二人からは先程までの緊迫した空気は微塵も感じられない。この切り替えの速さには頭が下がる一方である。


「嫌ですわ、監督v イヤミに決まってるじゃないですかvv
「…だと思ったよ。ま、治療費くらいは――」
「あら、別に新開さんに請求するつもりはありませんよ?『諸悪の根源』っていうのは――」
「――――…監督……飛鳥さん…」
「お?」
「………素晴らしいタイミングだコト」

呼ばれて振り向けば、瑠璃子が真剣な表情を浮かべていた。
今日初めて――いや、恐らくはここ数ヶ月で初めての表情だろう。その真っ直ぐな眼差しに、新開と明日香もまた、真剣な面持ちになる。


「……なに?」
「…お願いがあるんです……」
「………ん…?」
「もう一度、演(や)らせて下さい………!!お願いします!!」

そう言って勢い良く頭を下げた瑠璃子に、二人は一瞬目を見合わせた。そして、お互いに口元を綻ばせる。

(……やっと…自ら動いたわね………まさか、ここまで変わってくれるとは思わなかったけど)

新開もまた、明日香と同じことを思ったのだろう。薄い苦笑が見て取れる。
瑠璃子の方に向き直った新開は、

「――――…それが聞きたかった――――…」

と、穏やかに呟いた。
それは本当に小さな声だったため、すぐ隣にいた明日香にしか聞き取れなかっただろう。事実、瑠璃子には「何か言われた」程度にしか聞こえておらず、心配そうに彼の顔を窺っていた。




「…いや、何でもない。俺は構わないが…碧ちゃんは?」
「相違ありません。彼女は――『言うべき言葉』をちゃんと言えましたから…」
「――だとさ」
「っ…じゃあ!?」
「そのかわり、俺は妥協しないぞ。気に入らなければ、何度でもやり直させる。いいか!?」

あれだけ冷たかった明日香がアッサリと彼女の申し入れを受け入れたことに戸惑いながらも喜色を浮かべた瑠璃子に対し、新開は厳しく言い放った。明日香も言葉にはしないが同じ気持ちである。
二人を見て、瑠璃子は今一度気を引き締めて宣言した――


「望むところです!!」







「――あの、飛鳥さん?」

新開がスタッフ達に撮影の開始を告げに行った直後、瑠璃子は声をかけた。


「ん?」
「あの…私の事……もう怒ってないんですか?」
「別に。真剣に取り組んでくれるなら文句はないわよ?」
「……そ、そうなんですか?」
「ええ。頑張ってね」(にこ)

初めて裏のない微笑みを向けられ、拍子抜けする瑠璃子。

(―――なんか……敦賀さんの言ってた通り…?結構優しいかも――)




「あ。」
「え?」
「でも、これとキョーちゃんの足の事は別だからv 払うモンはきっちり払ってもらうわよ?事務所ではなく貴女から、全額ね♪
「…………ハイ…………」







それから二時間後。
キョーコに付き添って麓の病院まで行って帰ってきた社は、新開と蓮に診察結果を伝えた。


「……そうか…骨にヒビが……(あー‥‥後で絶対碧ちゃんから何か言われるな)
「彼女の様子は?」
「ん〜〜〜‥‥静かに不機嫌だったかも。でもさぁ――そりゃ怒ると思うよ。自分が気を失って病院にかつぎ込まれてるうちに、瑠璃子ちゃんが役を獲ったっていうんだから…」

社が同情気味にそう言うと、新開は瞳を泳がせ、蓮は溜息を吐いた。

「…それはしょうがない…監督…元々あの子を使う気なかったと思うから…」
「…え…!?なにそれっ」
「…違いますか…?監督」
「―――…(こいつ…確信してて訊くなよな…)」

驚く社には構わず、蓮は新開に視線を向けた。それに気づいた新開は、気まずそうな笑みを浮かべる。


「――宝田さんに頼まれたんだぞ…?瑠璃を頼むって。俺一人潰すくらい、宝田さんには造作もない事だ。いくら俺でも、勝手に配役を替えるなんて命知らずな事するワケないよ。
あの子と役を競わせる事で瑠璃に危機感を持たせられたら、瑠璃も少しは変わるんじゃないかと思ったんだ」


淡々と話す新開に、社は開いた口が塞がらない。

(…キョーコちゃん…アテ馬…!?ヒドイ…ッ!足にケガしながらがんばったのに……っ!
――っと、待てよ?)

「あの…飛鳥さんは大丈夫ですか?あれだけキョーコちゃんの事を想っている彼女にバレたら、大変な事になるんじゃ…」
「それなら大丈夫でしょう?監督」
「え?」
「……全部お見通しか」
「…え?」

事情が飲み込めずに蓮と新開の顔を交互に見ていると、蓮が深い溜息を吐いた。

「……彼女もわかってたんですよ、監督の思惑」
「………………えぇっ!?
「ま、そういう事。かなり不満げだったし、『次はない』って言われたけどね」
「……………(キョーコちゃん…報われないな…)

社がキョーコの境遇に涙していると、新開は不意に口元を綻ばせた。


「……でも…そうしたら……思わぬ収穫を得た―――…」







ところ変わって、屋内のある一室。


「――本当にごめんなさいね……あなたが瑠璃のせいで骨折してるなんて知らなかったの……っ」

涙を浮かべて謝罪する瑠璃子のマネージャーに、キョーコは苦笑した。

「…いえ…そんな…気にしないで下さい。骨折じゃなくて――ただ、骨のヒビが遠慮なく広がっただけですから」(ぶすっ)
「治療費全額の他に慰謝料も請求させていただきますねv」(にっこりv)
あああぁあっ(おおお怒ってるう〜〜〜〜!!)」


明らかに不機嫌なキョーコも怖いが、明日香の笑顔の方がより怖いのは何故だろう。なんて考えていたら、どこかに行っていた瑠璃子が戻って来た。
「瑠璃…一体どこに……」というマネージャーの問い掛けを無視して、瑠璃子はキョーコに手を突き出した。

「……?」
「――スタンプ帳出しなさい」
「…え…?」
「早く出しなさいよ!ポイント要らないの!?このノロ――瑠璃子ちゃん…?……っ!(びくぅっ!!)……早ク出シテ下サイ」

明日香の低ぅ〜〜い声に、瑠璃子はやや低姿勢になる。
それを見ていたキョーコが「……猛獣と猛獣使い…?」なんて思ったのは仕方ないだろう。

(まったく………ん?)

ふと外を見た瞬間に新開と瞳が合い、手招きされてしまった明日香。彼の表情から仕事の事だろうと察する。


「明日香ちゃん?どうしたの?」
「んー‥‥なんか呼ばれてるから、行ってくるわ」
「え?――あ、うん。行ってらっしゃい」
「くれぐれも安静にしててね?」
「むぅ…っ!子供じゃないんだからわかってますぅ!!」
「うふふv …じゃ、また後で」

子ども扱いされて拗ねるキョーコの頭を一度撫でた後、明日香は新開達の下へと向かった。







キョーコが瑠璃子から100点のスタンプを押してもらい、大自然の法則について語っている頃、明日香は新開と今後の撮影について考えていた。


「……この二日分の遅れは瑠璃子ちゃんに死に物狂いで取り戻してもらう、ということで」
「よし、それでいこう」

「早っ!?」


あまりの即決に思わずツッこんでしまう社。
ツッこまれた本人達はシレっとしている。

「いや、だって。予定が遅れた原因は明らかに彼女だし」
「そうそう。瑠璃も覚悟できてるみたいだしな〜」
「女に二言はありませんよ。というか言わせません。
「明日からが楽しみだ♪」
「ですねv」

にっこり黒い笑みを交わす二人に社が引いている一方で、蓮は横から感じる強い視線に気づく。そちらに顔を向けると――そこにはジッと蓮を睨みつけているキョーコがいた。
瞳を逸らすでもなく睨み返すでもなく、ただ見返すだけの蓮。横を向いたままの蓮に気づいた明日香は自然とキョーコにも気づき、内心首を傾げた。

(――…なんで蓮君を…?………まぁいいか。夜にまとめて訊けばいいし)




ホテルで一息ついたら今日一日で気づいたことを洗いざらい訊き出す――と、新たに決意した明日香だった。











これにて撮影終了!
かなり省いたのに、何故こんなに長くなったのか……(汗)

明日香さん、シリアスシーンが過ぎると黒さも復活してしまいました(爆)



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