恋愛せよ





夕食を終えてシャワーも浴びた後、二人は眠るまでの時間をリビングで過ごしていた。キョーコが蓮の肩にもたれ掛かった状態で、蓮は明日の台本を、キョーコはマリアから借りた文庫本を黙々と読み進める。
同じ空間で同じ時を過ごすこと、それが彼らにとっては当然のことなのだろう。沈黙は決して苦痛ではなく、むしろ穏やかな雰囲気を作り出している。


二人が読み始めて30分が過ぎた頃、その沈黙は破られた。



「ねえ」
「んー?」
「恋って大変よね」
「…………………………は?」


例によって例のごとく、いきなり突拍子もないことを言い出したキョーコに、蓮は目を通していた台本から視線を彼女へと向けた。
キョーコはというと、何事もなかったかのように文庫本を読み続けている。いや、実際彼女にとっては何でもないことなのだろう。しかし、蓮には何の事かさっぱりだ。

「……ごめん、キョーコ。俺には君の言いたい事がわからないんだけど…」
「だから、恋をすると色々と大変よね、ってことを――」
「いや、そうじゃなくてね?どう大変なのかがわからないんだけど。それに、どうしてそんな事言い出したのかも不明なんだが」

同じ言葉を詳しく言い直すキョーコを止め、具体的な質問をしてみる。そこでやっと蓮の意図が伝わったらしく、「あ、ごめん」と小さく謝りながら身体を起こし、蓮と隣り合うように座り直した。
そして、手に持っている文庫本を軽く持ち上げ、

「これね、マリアちゃんに借りた本なの」
「うん、それは知ってる」
「冒頭から結末まで恋愛一色の恋愛小説らしいの。私はまだ四分の三しか読んでないんだけど」
「うん、それで?」
「主人公の女の子が同級生に恋して、片想いのまま過ごす日々が半分。そこから先、彼女から告白してやっと恋人になったのに『幸せ絶頂v』って事にはならなくて、嫉妬とか不安とかで揺れ動く日々が続いてるのよ」
「……それで『恋は大変』って発想になったのか」

ようやく合点がいく。きちんと道筋を立てて説明してもらえれば、何の事はない。
蓮が苦笑を浮かべる一方で、キョーコはうんうんと大きく頷きながら言葉を続けた。

「そうなのよね〜。この話の主人公見てたら本当に大変なのよ。片想いの時は相手を見ただけで胸がドキドキするし、名前を呼ばれたり話しかけられたりしたら顔を真っ赤にするし、喋ってると挙動不審になるし」
「どこかで見たことのある光景だね」(…くす…)
「……忘れてください///」
「それは無理。」(きっぱり)
即答なんだ……
まぁ、それはおいといて。両想いになったらなったで、電話でもメールでも連絡が来たらすっごく喜ぶのに、来なかったらか〜なり落ち込むの。相手に料理を作るときは『食べてもらえるかな?』とか『美味しくできたかな?』とか心配ばかりしてるし」
「……そういうもの?連絡の方はともかく、料理の方はさっぱりだ」
「一概にそうとは言い切れないけど、やっぱり気にはなるわね。
あ、あとね。相手が他の女の子と仲良く喋ってるのを見ただけで嫉妬――というより、メチャクチャ不安に駆られるのよ。『自分と話すときより楽しそう』って」
「へぇ…俺なら不安になるより先に嫉妬するけど」
「…………デショウネ」

過去から現在まで、蓮の嫉妬を身をもって経験した上にこれからも経験するであろうキョーコは、そう答えるしかない。


「でも、それも恋の醍醐味なのよね。相手の事を本当に好きだから、その動向が気になるし、不安になるんだもの」
「……キョーコは?」
「へ?」
「その話の主人公みたいに、俺に恋してくれてる?」


にっこり笑いながら訊いてみる。
答えはわかっていた。なぜなら、蓮とキョーコは同棲までしている恋人同士であり、まさに恋愛中なのだから。きっと、顔を真っ赤にして「訊かなくてもわかるでしょっ///」と答えるのだろう。
わかりきった答えを敢えて要求したのは、キョーコの反応が楽しいからだ。

今にも零れそうな笑いを抑え、彼女の答えを待つ。
そして、返ってきた答えは――



「ん〜。前は恋してたけど、今はしてないかなぁ」









「…………………………え?」

敦賀蓮、本日二度目のフリーズ。あまりのことに、思考回路が完全に停止する。

(……今、キョーコは何て言った…?『恋してない』って言ったのか……?)

聞き間違いなどではない。彼女ははっきりと「蓮に恋していない」と言った。
徐々に思考が戻ってきた蓮は、穏やかな表情から一変、厳しい、鬼(魔王?)のような形相となる。そして、じわじわとキョーコの腕を掴みあげた。


腕を掴まれたキョーコは一気に青褪め、蓮が言葉を発する前に慌てて弁解を始める。それはもう死に物狂いの勢いで。

まままままま待ってーーーーーっ!!蓮っ、誤解!!誤解だからっ!!」
「誤解…?現に『恋してない』って言っただろう……?」
「い、言ったわよ!でもねっ、だからって『蓮のこと何とも想ってない』なんて言ってないでしょっ!?」
「……どういう意味だ?」

少し冷静になったのか、蓮は掴んでいた腕を放して話を聞く体勢に入る。
キョーコは胸を撫で下ろし、大きな溜息を一つ吐いた。

「…もぉ〜〜私も言い方が悪かったけど、早とちりし過ぎよ。いい?恥ずかしいから一度しか言わないわよ?」
「……わかった」

それから少しの間、余程恥ずかしいのか中々切り出せないでいたキョーコだが、あまり長引かせるとまた蓮の機嫌が悪くなるので、腹を括って話し始めた。


「……最初はね、この小説の女の子みたいにドキドキしたり、不安になったりしたわ。でも、今はただ幸せなの」
「……………………」
「蓮を見るとドキドキするより先に嬉しくなるし、名前を呼ばれたらそれだけで満足なの。話しているときはどんな話題でも――って言うのは言いすぎだけど、楽しいし」
「……………………」
「連絡が来て嬉しいのは当然として、来なくても『今忙しいんだろうなぁ』とか『具合が悪いのかな?』とか思うだけで、落ち込んだりしないもの。まぁ、これは滅多にないけど。料理だって『美味しくできたかな?』って思うことはあるけど、別に不安な気持ち抱えて料理してるわけじゃないし」
「……………………」
「蓮が他の女の人と仲良く話してるのを見たら、嫉妬はするわよ?でも、不安にはならないわ。その…『私が蓮を想っているのと同じくらい、蓮も私の事を想ってくれてる』って信じてるから……///」


蓮の顔は一切見ずに、とりあえずそこまでを一気に吐き出す。言っていてかなり恥ずかしい。
しかし、本当に恥ずかしいのはこの後だ。

(う゛〜〜〜〜これ言うの、恥ずかしいぃぃぃぃっ!けど、ここまで言ったんだから最後まで言わなきゃ!――よし!女は度胸っ)

とは思いつつも、それで照れがなくなるわけではない。今まで以上に顔を赤くしながら、残りの言葉をつむいだ。


「……だから、ね?もう、蓮に対して『恋』はしてないの。この気持ちは…………『愛』――なんだと思う…/////」




羞恥で顔が熱を持っているのがわかる。同時に、全部言い切った達成感もあった。
後は、蓮の反応を待つだけである。

・・10秒・・20秒・・30秒・・・・

そうして待つこと1分。ここまでくると、さすがに羞恥よりも怒りが勝ってくる。


れ〜〜〜〜ん〜〜〜〜〜っ!!(怒) 人が恥ずかしい思いしてまで言ったのに無反応ってのはどういう了見よ!!何とか言いなさ――――…」



怒りに任せて俯けていた顔を上げ、蓮に食って掛かろうとしたキョーコだが……言葉尻が萎んでいく。あまりにも予想外過ぎて、口が半開きのままだ。







キョーコの視線の先――そこには、顔を真っ赤にして、手で口を押さえている蓮がいた……









(終わってください)


今回はキョーコちゃんが惚気てますv ←それは別人
そして蓮様が初?の大照れっ!! ←だから別人だってば

いつもと立場が逆転してますが、どうでしたか?管理人は違和感ありまくりです(笑) 更に、前回に引き続き落とし穴(爆)
中間で驚かれた方、狙い通りです(笑)

あの後、正気に戻った(照れが収まった)蓮様は当社比5割り増しの愛情をキョーコちゃんに注いだことでしょうv


ここまで読んでくださり、ありがとうございました!