叱咤せよ





(…………はぁ。わかってはいたけど、なんてワンパターンな人達なんだろう…)

キョーコは心の中で溜息をつき、スゴイ形相で自分を囲む彼女達を見ていた。







蓮とキョーコの関係を公表したのは、つい先日のこと。
常に芸能界のトップに君臨し、あらゆるランキングを総なめにしている二人の「恋人」宣言。
この話題は瞬く間に日本を駆け巡り、連日ニュースで取り上げられるほどであった。

多くの人は二人の関係を心から祝福してくれていた。そのことは街頭レポーターの質問にお互いのファンが、「まぁ…『京子』なら許せるかな」「相手が『敦賀蓮』なら仕方ないよなぁ」と答えていることからも窺い知ることができる。


――しかし、簡単に割り切れないファンがいるのも仕方のないこと。


記者会見から数日後、キョーコがテレビ局での収録を終え、迎えに来てくれている蓮のところまで帰ろうとした途中、熱狂的な蓮のファン三人に捕まったのだった。







普段使われない非常階段へと連れ出されたキョーコは、別段怯えるわけでもなく彼女達を見つめていた。
その態度が気に入らなかったらしく、ファンの女性達はますます怒りのゲージを上げていく。そして、

「どうしてあんたなんかが蓮の恋人なのよ!!」
「あんたなんか蓮に相応しくないわ!!」
「今すぐ別れなさいよ!!」

次々と出てくるキョーコへの暴言。なんとも自分勝手な言い分であるが、冷静な思考を持っていない彼女達にはわかっていない。
ただ、自分達の中にある不満をぶちまけているだけだ。


キョーコはというと、実に対照的な冷静さを保っていた。昔からショータロー絡みでイジメにあっていた彼女にとって、呼び出しも非難も慣れたものだったのである。

「…え〜と、用事はそれだけですか?もしそれだけなら帰らせて欲しいんですけど」
「なっ!?バカにしてるの!?」
「別に。ただ、貴女達にどうこう言われるスジ合いはありませんから」
「何ですってっ!?」
「とにかく、帰らせてもらいますね。(蓮が駐車場で待ってるし)」

無理やりファンの糾弾を遮り、キョーコは階段を下りようとした。が、

「ちょっと待ちなさいよ!!」
「……何ですか?」
「まだ話は終わってないわ!!」
「私には話すことありませんから。それより、手を離してくだ「キョーコ?」……え?」
「「「!?」」」

階段近くでファンの一人に腕を掴まれ、階段を背に彼女達を振り返ったキョーコの背後――階段の下から突然かけられた声は渦中の人、蓮のものだった。どうやらいつまでも来ない彼女を探しに来たらしい。
そのことに驚いたのはキョーコだけではない。ファンの女性達も、生の蓮に会えたこととこのような現場を見られたことで、心臓が飛び出すくらい驚いていた。結果――




「っ!?危ないっ!!」
「……あ」

急に腕を離されたキョーコはバランスを崩し、背中から落ちていく格好となった。
蓮の言葉もすでに遅く、彼女は宙に放り出される。


落下の浮遊感の中、次に来るであろう衝撃に備えていたキョーコは違和感を感じていた。

(………………あれ?痛く、ない…?)

そっと瞳を開けると、目の前には表情を強張らせた蓮の顔。
キョーコの身体が傾いた瞬間、彼は階段を駆け上がって途中で抱き留めたのだった。

「れ、蓮!?」
「……大丈夫か?どこも、打ってない…?」
「え、ええ……蓮が受け止めてくれたから大丈夫よ。ありがとう…」
「……良かった…」

キョーコが無事だったことを確認した蓮は、強張っていた表情をほんの少し緩めた。が、すぐに厳しい顔つきになり、階段上にいる三人を睨み付ける。
その表情から、キョーコは蓮が本気(マジ)怒りになっていることに気付いた。女性達も初めて見る「温和じゃない蓮」に、顔から一気に血の気を引かせて震え始めている。

「……どういうつもりだ?」
「わ、私達……」
「一歩間違えれば、彼女は大怪我をするところだったんだ。最悪、死んでいたかもしれないんだぞ」
「そ、それは……」


自分のファン相手に大魔王と化していく蓮に、さすがにそれはマズイと思ったキョーコは必死で宥めに入った。

「れ、蓮?彼女達もわざと突き落としたわけじゃないのよ?ビックリして手を離しちゃっただけだし」
「でも…」
「それに、私の態度も悪かったもの。彼女達の怒りを煽るようなこと言っちゃったから」
「?何の話だ?」

事情が飲み込めない蓮は訝しげに眉をひそめる。
「あなたのファンにいちゃもんつけられてました」とは言えないキョーコは、どう説明しようかと悩んだ。

(う〜ん……本当のこと言うのは告げ口みたいで絶対にヤだし……て言うか彼女達の命が危険だし。何かいい案は……)



「ゆ、許せなかったんです!売れ始めて数年の彼女が蓮の恋人だなんて!!私達だってずっと蓮のことが好きだったのに、同じ芸能人ってだけで傍にいられる彼女が!!」

重い沈黙に耐え切れなくなった三人のうちの一人が、堰を切ったように訴え始めた。
その言葉だけで何があったのかを察知した蓮は、再び厳しい顔つきになる。

「……それで?」
「だ、だから!この人は蓮に相応しくなんかないから、別れて欲し」
「それを決めるのは君達じゃない。俺だ」

低い、射るような声でファンの言葉を遮る。瞬間、三人は金縛りにあったかのようにその身を硬直させた。


「確かに、今俺が俳優として活動できるのは君達ファンのおかげだ。だから、君達を含めファンは一人一人大事に思っているし、感謝もしている。だが、俺が一人の女性として愛しているのは彼女――キョーコだけだ。キョーコだけが俺の安らぎであり、共に生きていきたい女性(ひと)だ。
……それを否定することは、誰であろうと許さない」
「……蓮」

蓮の言葉に、キョーコは思わず泣きそうになった。
彼が自分を愛し、大切に想ってくれていることは十分知っている。自分もまた、同じように想っているのだから。
だが、芸能人にとって命とも言えるファンに向かってはっきりと告げてくれた。そのことがどうしようもなく嬉しかったのだ。


厳しい眼差しで三人を見つめていた蓮だが、ほんの僅かな間瞑想したあと、いつもの「敦賀蓮」に戻った。同時に、彼女達も呪縛が解けたように座り込む。

「……不満があるのなら俺に言って欲しい。彼女への想いとは違うけど、君達のことも大切に思っているから。俺にできることならできる限り応えるしね?」

それだけ言うと、蓮はキョーコを抱き上げて去ろうとする。
しかしキョーコは「ちょっと待って、蓮。彼女達に言いたいことがあるから……」と言い、彼女達に向かって小さな、それでいてはっきりと意思のこもった声で、

「……私も、貴女達に負けないくらい蓮を愛してるから……ごめんなさい」

と伝えた。
そして、蓮と共に今度こそ去って行ったのだった。







「……ねぇ蓮。良かったの?あんなこと言って…」
「ん?」
「あの人達がファンを辞めちゃったら、どうするの?それだけじゃないわ。今日のことが広まったら、あなたのイメージダウンになるわよ?」

駐車場へ向かう道すがら、キョーコは不安になってきたことを口にした。さっきはただ嬉しかったが、よくよく考えるとかなり危険なことではないだろうか。
しかし、蓮はにっこり笑って「大丈夫だよ」と言う。

「もし彼女達がファンを辞めても、それは仕方ないことだしね。それに一番大事なものが守れるのなら、俺のイメージなんてどうでもいいよ」
「一番大事なものって?」
「……今、俺の腕の中にいるけど?」
「……………………っ!?////

さらっと言われたキョーコは一瞬理解できずにいたが、その意味に気付いた途端真っ赤になって閉口してしまった。


そんな彼女を見て、蓮が楽しげに笑っていたのは言うまでもない……







<おまけ>

あの騒ぎから数日後――


「……あれ?何だろ、これ」
「どうした?」
「ファンレターの中に『敦賀蓮様、京子様へ』って宛名があるんだけど……」
「へぇ、確かに珍しいね。開けてみたら?」
「うん……(ピリ、カサカサ)………………あ」
「……なんて?」
「ふふっv はいっ」
「………………くす。よかったね、キョーコ」
「うん!」


その手紙に書かれていたのは、たった一行。
しかし、それは二人にとって何よりも幸せな言葉だった。



『この間はごめんなさい。どうか、お幸せに……』











……ごめんなさいぃぃぃっ!!謝ります!心の底から謝りますぅぅぅっ!!
【甘々】でいくとほざいておいてばっちり【シリアス】!これはもう皆様に石を投げられても仕方ないかと……

このお題を見た瞬間からどうしても書きたかったんです!「ファンを諌める蓮様」を!!
そして「ちょっぴり惚気る蓮様」を!! ←オイ

く、苦情、お待ちしてます……m(_ _)m