手に入れよ






「できたーっvv 甘さ控えめのブラウニーv これなら甘いものが苦手な蓮でも食べられるわよね♪」


バレンタイン前日。
キョーコは例年のイベントを、例年通りに迎えていた。

「毎年毎年、蓮に贈るチョコだけは苦労するわ…甘いものが苦手な人にチョコって、不向きなイベントよねー」

出来上がったブラウニーを綺麗にラッピングしながら、これまたいつも通りの文句を呟く。しかし、何だかんだ言って好きな人のために色々工夫する事は嫌ではない。むしろ楽しみでさえある。


キョーコは毎年、この日だけはだるまやにお邪魔してチョコ作りをしていた。渡す相手に作るところを見られるのは気恥ずかしいし、楽しみも減ってしまうからだ。
蓮も快諾してくれているので、問題は無い。



「…これでよし。さ、片付けてから寝よーっと♪」









翌日――2月14日。

だるまや夫婦に日頃の感謝を込めてチョコを渡した後、キョーコは大量のチョコを自転車の前と後ろに乗せて事務所へと向かった。


渡す相手はたくさんいる。
普段付き合いのある先輩や後輩、事務の人達には一口チョコ。お世話になっている社長や主任達、社、奏江、マリアにはトリュフを用意している。もちろん、全て手作りだ。
ついでに言えば、社と奏江とマリアに渡すトリュフの数は他の人よりも多い。

これはキョーコがLMEに入ってから毎年行っている事なので、もはや恒例となっている。
そんなわけで、事務所に着くなり出会った人から順に持ってきたチョコを配り始めるキョーコ。受け取った人は笑顔で礼を言った後、誰がどこにいるのかを教えてくれる。
皆の協力もあり、キョーコが事務所に着いてから1時間後には、社と蓮以外のチョコを配り終えていた。





「蓮、どこにいるんだろ…?松島主任の話だとこの辺りにいるはずなのに…」

別に事務所で渡さなくても後で蓮のマンションで渡せばいいのだが、どうせ社に渡すのだから一緒に渡せばいいと思い、キョーコは蓮と社を探していた。先程松島主任にチョコを渡しに行ったとき、二人が今日の仕事の報告に来ていたことを教えてくれたのだ。そして、今からどこへ行くのかも。
極秘である蓮とキョーコの関係も主任達は知っているので、こういう小さなことで協力してくれている。――極秘にさせていることへのちょっとした罪滅ぼしなのかもしれないが。

それから松島主任から訊いた場所で二人の姿を探しているのだが、一向に見つからない。
「もしかしたら、もう違う場所に移動してるのかも…」と思い始め、非常用階段から違う階へと移ろうとしたとき、キョーコは二人を見つけた。




――ただし、見つけたのは二人だけではなかった。




「つつつつ敦賀さんっ/// ここここここれを…っ///」
「あ、わ、私も……っ////」
「私も!」

数人の、恐らく新人と思われる女性達に囲まれている蓮と、一歩引いた所にいる社。

彼女達が新人だと思った理由――毎年この日に大量のチョコが届く蓮には、専用の部屋が用意されている。そこで添えられたメッセージとチョコが分けられ、チョコは孤児院へと寄付し、メッセージをつけている人にはホワイトデーに蓮からのメッセージが送られるようになっているのだ。それは、蓮に直接渡しても間接に渡しても同じである。そうでもしないと、蓮一人では捌き切れない。
その事を知っている女性達は、蓮の手を煩わせないようにその部屋へとチョコを持って行く。よって、蓮に手渡そうとするのはそれを知らない新人くらいなのだ。

キョーコの位置からは後ろ姿しか見えないが、彼女達は耳まで真っ赤にしてチョコを差し出している。きっと、正面から見るとゆでダコになっていることだろう。


蓮はほんの一瞬だけ困ったような笑顔を浮かべていたが、すぐに優しい微笑みを彼女達に向けた。

「ありがとう」
「/// いえっ」
「あああのっ、手作りなんですっ!よよよかったら、食べてみてくれませんかっ?」
「…………えっと……今?」
「「「「「はいっ/////」」」」」

見事なまでに声をそろえて返答する女性達。
さすがの蓮も予想外の展開だったらしく、助けを求めるように社に視線を送っていた。社も未曾有の出来事にどうしたものかと考えているようだ。

別に彼女達のチョコが危険だと思っているわけではない。ただ、彼女達のチョコを食べて他のチョコを食べないというのは、ちょっとした不公平に繋がる。チョコを送ってきた女性全員が、蓮に食べて欲しくて、食べてもらえないのだから。


だが、このことに一番衝撃を受けていたのは他ならぬキョーコであった。
頭ではわかっていたが、実際に食べる事を躊躇われている女性を見て、初めて自分がどれだけ特別な扱いを受けているのかを実感する。

去年もその前も、そして恋人になる前も、蓮はキョーコのチョコを食べてくれた。
もちろん、キョーコのチョコだけではない。マリアや奏江のような親しい人からのチョコは、蓮自身が食べている。

しかし、それはあくまで「義理チョコ」に属するものであった。本気で蓮の事を想って贈られたチョコは、キョーコのを除いて決して食べない。
そのことに、キョーコは罪悪感を覚えてしまった。蓮にチョコを渡すことが罪であるように思えてしまう。

(……私もあの人達も、同じ気持ちなのよね…ただ、私の方が近い位置にいただけで……)


少しの逡巡の後、キョーコは足を踏み出した。







「――あ、キョーコちゃん」
「キョ…うも元気そうだね、最上さん」


彼女達にどう断ろうか考えていた二人は、キョーコに気づくといつもの笑顔で迎えてくれた。いつものクセで「キョーコ」と呼びかけた蓮も、極自然な挨拶へともっていく。
キョーコも「いつも通り」を装って笑いかけた。

「こんばんは、敦賀さん、社さん。取り込んでいるとこ、お邪魔しますね。すぐに済みますから」

自分に集まる彼女達の視線をできるだけ気にしないように努め、キョーコは手にした袋から一つのチョコを取り出した。

「はい、社さん。バレンタインのチョコです」
「あ、いつもありがとう」
「いいえ、日頃の感謝ですから。……それじゃ、これで失礼しますね」
「えっ!?ちょ、ちょっと待ったキョーコちゃん!」

くるりと踵を返し、その場を去ろうとしたキョーコの腕を捕まえる社。行動にこそ出なかったが、蓮も困惑気味の表情をしている。
その理由はわかるが、敢えてわからないフリをした。

「何ですか?」
「何って…蓮に渡さなくていいの?」
「敦賀さんに、ですか?用意してませんけど」
「……は?」
「敦賀さんに渡しても本人に食べてもらえるわけじゃありませんから。普段懇意にしていただいてるだけ、食べられない事に気を遣わせてしまうでしょう?だから渡さない事にしたんです」
「キョーコちゃん…?何を」
ええーーーっ!?敦賀さん、チョコ食べられないんですか!?」

社の言葉は、キョーコの話を聞いていた女性達の声に遮られた。彼女達は矢継ぎ早に質問を投げかけ始める。
蓮がそれに対応している様を見て、社はキョーコにだけ聞こえる小声で語りかけた。

「なんだ…助け舟を出してくれたんだ」
「まぁそれもありますけど……蓮に渡さないのは本当ですよ?」
「へ?」
「………彼女達に悪いじゃないですか」
「…いや、それとこれとは別――」
「そういうことですから、蓮には上手く伝えておいてください。あと、今日はだるまやに泊めてもらうのでマンションには帰らないって」
「は?何で?」
「それじゃ、お願いしますね」
「ちょっ…キョーコちゃん!?」



呼び止める社を振り切り、キョーコはその場から駆け去った……









事務所の屋上へと出たキョーコは、肌に突き刺さるような寒さの中、袋に残されたチョコを取り出した。蓮のためだけに作った、たった一つのチョコブラウニー。

しばらくジッと見つめた後、彼女は手近な所に座ってからラッピングを外し、中身を取り出して徐に食べ始めた。
蓮のために作ったものを他の誰かにあげる事も捨てる事もできないキョーコは、自分で食べる事にしたのだった。

「……うん、上出来…」


全て食べ終えると、今更ながらに涙がこみ上げてくる。自分で決めた事とはいえ、やはり大好きな人には食べて欲しかった。他の誰でもなく、蓮だけには。
――たとえ、自分と同じように蓮を想う女性達を傷つける事になっても。

「私ってワガママだなぁ…」
「――どこが?」
「っ!?」

聞こえるはずのない声に、キョーコの心臓は飛び跳ねた。
同じようなパターンは過去何度もあるが、どうしてこの男はいつもいつもこう神出鬼没なのだろう?

そんなことを思いながら、彼女は屋上の入り口へと視線を向けた。予想に違わず、長身のシルエットが浮かび上がっている。その顔には、苦笑交じりの微笑み。
彼はキョーコの傍まで歩み寄り、有無を言わさず彼女をその腕の中に閉じ込めた。

「…社さんから聞いたよ」
「……何て?」
「『彼女達に遠慮してチョコを渡す気はないらしい』って。キョーコらしいと言えば、キョーコらしいんだけどね。気を回しすぎ」
「………………」
「彼女達には悪いけど、俺が欲しいのはキョーコのだけだから。キョーコが気にする必要なんて何もないよ」
「でも!」
「好きな女性からバレンタインにチョコを欲しいと思うのは、悪いこと?」
「っそんなこと!……ない」
「俺も普通の男だからね。何とも思っていない女性からのチョコは食べなくても、キョーコからのチョコは食べたいんだよ……――これは俺のワガママ。わかった?」
「………ありがとう……蓮……」
「何のお礼かわからないけど…『どういたしまして』?」

おどけてそう答える蓮に、キョーコからやっと作り物でない笑顔がこぼれる。
それを見て、蓮もキョーコだけに向ける微笑みを浮かべた。


その微笑に顔を赤らめ、顔を逸らした彼女は、重大な事に気付いて一気に青褪めた。

「………………ど、どうしよう……」
「?どうかした?」
「…………蓮に作ったチョコ、食べちゃった…」

今し方完食し終えたばかりだ。口の中にも、まだチョコの味が残っている。

「……全部?」
「………………全部」

蓮の問いに、キョーコは泣き出さんばかりの表情で答えた。ついさっき「キョーコからのチョコは食べたい」と言ってしまっただけに、蓮もフォローの言葉が見つからず困ってしまう。
理由が理由なので蓮は気にしてないが、キョーコにとってはそうもいかない。この世の終わりレベルにまで落ち込んでしまっている。


(…うーん……少しは残念に思うけど、そこまで気にされることじゃないんだけどなぁ………………ん?)

そこで、蓮の目にあるモノが留まった。

「…キョーコ。こっち向いて?」
「……?」

ペロ

「〜〜っ〜〜っ〜〜っ」
「うん、美味しいv」

満足げに言う蓮に、キョーコは金魚のように口をパクパクして声を絞り出す。

「……な…な…な…なにを……っ////」
「ん?チョコを食べたんだけど?」
「チョ、チョコ?」
「キョーコの唇に残ってたからね……ああ。なら、口の中にも残ってる可能性があるわけだ」
「口の中…?…………ま、まさか…」


・・・・(しばらくお待ち下さい)・・・・


「…ご馳走様v」
「〜〜〜〜っ///」

非常〜〜に満足げな蓮とは対照的に、涙目で彼を睨みつけるキョーコ。だが、キョーコには負い目がありすぎて文句の一つも言うことができない。

そのことがわかっているのか――というより、明らかに確信犯だが――蓮は更なる爆弾を投下した。

「そういえば」
「?」
「チョコを食べたって事は、キョーコの中にチョコがあるって事だよね?」
「へ?……まぁ、そう言えなくもないけど」
「じゃあ、キョーコ自身がバレンタインのチョコなんだ?」(にっこりv)
「………………はい?」
「ありがとう。家に着いたら、美味しく戴くことにするよ」
「………………ち、ちが〜〜うっ!!」
「そうだ。他の女性に気を遣ってしまうなら、来年からはこの渡し方でいいよ?あ、違うな。この渡し方がいい――かな?」
「話を聴いてぇぇぇぇぇっ(涙)」







翌日、「二度と遠慮なんかするものか…っ」と心に誓うキョーコの姿があったとか。











m(_ _)m ←とりあえず謝罪してみたり(汗)

バレンタインの話ですが…………ゴメンナサイ。お題との関連がわかり辛いですね……(汗)
敦賀氏に「キョーコのチョコを手に入れよ」と「キョーコ自身を手に入れよ」を実行してもらったというか何というか……深く突っ込まないでやって下さい…(涙)

内容は、キョーコちゃんなら有り得るかな〜?と思ったので、こういう形にしました。蓮様の行動は管理人の希望(妄想)です(笑)