坊かぶり姫 後編
「どうだ蓮。心動かされる女性との出会いはあったか?」
何故かウキウキしている王に、王子は極上の笑みと絶対零度の声で答えました。
「父上?俺はあなたに『政務以外のイベントにも参加するのは王族の義務だ』と言われたからここにいるのであって、女性との出会いは求めてませんし、求められても困ります」
「…………お前、本当に俺の息子か?もっと愛に生きろよ」
「俺も時々血の繋がりを疑いますよ、父上。愛を謳歌したいのなら一人でどうぞ」
王子に冷たくあしらわれてしまった王は、側近が用意してくれる空きカンをカコンカコンと蹴り始めました。
どうやらいじけモードに入ったようですが…何気に微笑ましいその光景も、ブリザードを撒き散らしている王子には何の効果もありません。
王子は参加したくもなかった舞踏会に半ば強制的に参加させられたせいで、女性達から立て続けにダンスの相手を申し込まれ、その都度適当な理由と必殺の笑顔で丁重に断るハメになり……彼の不快指数は上昇していたのです。
やっと全員断り終え、解放されたと思った直後に王のあの一言がきたものですから――王子にナニかが降臨してしまったようです。おいそれと声をかけられる雰囲気ではありません。
しかし、この国の大臣達は勇敢でした。
「あー‥とりあえず落ち着きましょう、王子」
「王もご自分の趣味だけで王子を参加させた訳じゃないんですから」
「そうそう。何割かは政務ばかりにかまけて恋愛の“れ”の字も出てこない王子を思っての事ですし」
「椹さん、松島さん。父上を弁護するつもりならたとえ事実でも余計な一言は飲み込んだ方がいいですよ。墓穴を掘ってますから」
ナイスツッコミです王子。
大臣達は肩に手を置き合い、「俺達って正直だよな…」やら「頑張ったよ…俺達は…」やら呟いてます。
これらのやり取りを傍観していた貴族達が、国の中枢にいる人物がこんな人達で大丈夫なのかと思い始めたとき――会場の入り口からざわめきが起こりました。
そして、それは段々と広がっていきます。
王子の意識も、自然とそちらに向かいました。
(…………今日は『舞踏会』よね?踊るのよね?――おかしいでしょコレは)
会場に入った直後、少女は首を傾げました。
会場自体とても立派な作りと内装で驚いたものですが、女性達の服飾がまた半端じゃありません。というか、明らかに間違ってます。どう考えても踊るには不向きなドレスが次から次に目に入ってくるのです。
これで男性も同レベルの服飾だったなら、少女もまだ納得できましたが……男性の方はいたってフォーマルなので、どうしても女性達に違和感を感じてしまいます。
(――こうして見ると、あの3人はまだ常識人だったのね…あれでも一応T.P.Oはわきまえてたもの。あ、でもこの中だと逆に目立ってるか…も……?ん??)
しばらく入り口で立ち往生していた少女は自分に視線が集まっていることに気づき、ますます戸惑いました。
(な、なんで皆して私を見て騒いでるの!?そりゃ周りにいる娘さん達みたいな際どいドレスは着てないけど…そこまで騒ぐほどダメなの!?………折角モー子さんが綺麗に変身させてくれたのに…)
実際は少女の美しさに目を奪われているのですが、自分の姿が浮いているから注目を浴びているのだ、と盛大な勘違いをした少女の表情は段々と曇っていきます。
(……帰ろうかな………よく考えたら踊る相手もいないし……綺麗なドレス着て、メイクもできたんだから…もう十ぶ――)
フッ・・
「ん…?」
突然影ができたことを怪訝に思って顔を上げると、目の前にはスラっとした長身の、おまけにとっても見目麗しい男性が……
彼を見た瞬間、少女は驚きのあまり一歩どころか戸口まで後退しました。
彼女の行動のせいで視線がより一層集まりましたが、今はそれを気にする余裕はありません。
(ななななななんで王子様が目の前に!?なに!?何事!!??)
興味はなくても、自国の王子の顔くらいは知っています。
その王子が目の前にいたのですから、少女の動揺は仕方ないことでしょう。
ですがその逃げっぷりは、折角いなくなっていたナニかを再び王子に降臨させてしまいました。
「――…お嬢さん?」
「は、はいぃぃぃぃぃぃっ」
ビシィ!という音が聞こえそうな勢いで直立不動になりながら、少女は返事をしました。王子の顔は、周りの女性がバタバタと倒れていくくらい輝きに溢れた笑顔なのですが――
両手を顔の真横に置かれ(=閉じ込められた状態)、甘く低〜〜い声音で耳元に囁かれた(=メッチャ至近距離)少女には、その笑顔も恐怖です。
王子はにっこりキュラキュラ笑顔を維持したまま、更に続けました。
「お相手願えますか?」
「――へ?」
「ダンス」
「―――…は??」
「……『俺と踊ってくれませんか?』って言ってるんだけど」
「…………………………えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
「っ!!」
王子は堪らず耳を塞ぎましたが、既に手遅れだったようです。
耳の奥でキーーーン・・という音がしています。
「お嬢さん…もう少し小さな声でお願いできるかな?」
「あっ、ごめんなさい!」
素直な少女は反射的に頭を下げた後、すぐに憮然とした表情を浮かべました。
「……よく考えたら、王子様が顔を近づけてたせいじゃないですか……そもそも初対面の人間の耳元に顔を寄せるなんて非常識ですっ」
「――…それは失礼?」
「なんで疑問形なんですかっ(怒)」
「(スルー)それで、どうして俺は返事の代わりに絶叫されたの?」
王子はどこまでもマイペースです。(この辺り、王の血を確実に引いています)
一方、抗議を流された少女は怒ることも忘れて不安げな表情を浮かべました。
「……どうして私なんですか?」
「え?」
「私、場違いな姿なんですよ?それに、王子様なら他にたくさん相手がいるでしょう?どうして私なんかを誘ってくださったんですか?」
次々に問いかけてくる少女に、王子は少し黙考し――
「『場違い』って何?」
「…………私のドレス、他の女性と全然違うし……皆見てたし…」
「それは向こうの方がおかしいんだから君が気に病む事じゃない。皆が見てたのは、君があまりにも綺麗だから目を奪われてただけ。―――俺を含めてね」
「っ//// ……あ、ありがとうございます/////」
王子の歯に衣着せぬ物言いに、少女は顔を真っ赤にしました。
自分でも魔法使いのおかげでかなり綺麗に変身したと思っていましたが、こうして言葉にされると照れるものです。
「で、『俺になら他に相手がいる』ってヤツだけど……他の女性からのお誘いは全部断ったし、この後もそのつもりだよ」
「え!?」
「元々、俺は女性より政務の方に興味があるからね。今日ここにいるのも義務でだし、『誰かと踊ろう』なんて全く考えてなかった」
「……じゃあ…どうして私を?」
「――…誰もが惹きつけられる程の容姿なのに、凄く不安そうな瞳で周りを見ていた君を見て……そうだな…父上の言うところの――『心が動かされた』んだよ」
「心…?」
「つまり――『好きになった』って事」
あまりに真剣なその眼差しから彼が本気で言っているとわかった少女は、顔を真っ赤にしながら俯きました。
これまで告白された経験などなかった上に、相手は国中の女性の憧れである王子からです。嬉しさと恥ずかしさでどうしようもありません。
一方の王子は、少女の初々しい反応に口元が綻んでいます。
(『好きだ』って言っただけなのに、この反応……可愛いなぁ)
自分も恋愛初心者の割りに余裕ですね。
さすが愛第一主義である王の息子です。
初めてでも問題なしな王子は、にっこり笑って少女に手を差し出しました。
「な、なにかっ?///」
「告白の返事はまだいいから、今はお相手願えませんか?」
「……………………………はい////」
彼らの――というか王子のゲロ甘ト−クに周りが砂を吐く中(王だけは涙を流して感動してましたが)、少女は王子の手を取りました。
ゴーーン・・ ゴーーン・・
日付が変わる合図が鳴り響いた瞬間、それまで王子と楽しい一時を過ごしていた少女の顔から一気に血の気が引いていきました。
(し、しまったぁぁぁぁぁぁっ!あんまり楽しいから社さんの事スッパリ忘れてたわ!!家でモー子さんも待ってるだろうし……どどどどどうしよう!?)
冷や汗を掻き始めた少女に、王子は不思議そうな表情を浮かべました。
「……どうしたの?」
「〜〜〜〜ごめんなさいっ、王子様!社さんとモー子さんを待たせてるのでこれで失礼します!」
「えっ!?」
「今日はとても楽しかったです!それではっ!!」
「ちょっ…待って!」
王子の制止など今の少女には聞こえてません。彼女の頭の中は「お世話になってるのに迷惑をかけちゃったぁぁぁっ(汗)」で一杯なのです。
少女はもの凄い勢いで走り出し、一気に会場を出て階段を駆け降り始めました。その速さといったら、ガラスのヒールを履いているとはとても思えない程。
(無駄に長い)階段のちょうど半分――踊り場に来た所で、少女は後ろから手を掴まれました。
「きゃっ!?」
「――やっと追いついた…」
「お、王子様!?」
「まったく……予想外な事ばかりだよ、君は」
彼女の手を掴んでいたのは苦笑している王子でした。少女の足が速くてここまで追いつけなかったことに、多少気落ちしているようです。
ですが次の瞬間、ギリギリ本日三度目の降臨がきました。
「!!!???(なななななんでっ!?)」
「さっき言っていた『社さん』だけどね?俺の直感が『男』だと言ってるんだよねェ……どういう関係なのかなぁ…?」
「ただの一日御者さんですぅぅぅぅぅぅっ(涙) それに社さんよりもモー子さんを待たせてる事が心苦しいんですぅぅぅぅぅっ」
何気に酷いですが、この必死の弁解でノーマル王子へと戻りました。何においても優れている彼は、嫉妬深さもピカ一だったようです。
そして、その矛先は男だけではありませんでした。
「……その『モー子さん』と俺、どっちが大事?」
「…………………は?」
「この際だから訊くけど…俺の事、どう思ってる?」
「えっ?///」
「告白の返事、もらえるかな…?」
いきなりの展開に、少女は頭の中が真っ白になりました。
(ど、どうしてこんな事に!?いや、告白されたんだから返事はしなきゃいけないんだろうけど!)
王子のことは……短い間でしたが、一緒に話をしていて「好きだ」と感じていました。時々見せてくれた優しい微笑みを思い出すと、顔が熱くなります。
けれども、少女は返事をすることができません。
何故なら――今の姿は仮初のものだからです。
普段の彼女は『坊』を被ってひたすらバイトに明け暮れる生活を送っています。その姿は今と全く違っていて……王子が本当に少女自身を好きになってくれたのか、不安に思ってしまったのです。
だから、彼から名前を訊かれても必死で誤魔化して告げませんでした。
(あのときは…深く追求しないでくれたのよね……でも、今回はさすがに………このまま逃げるのはどっちにとっても良くないし…………………あ、そうだ!)
何かを思いついた少女は突然片方の靴を脱いで、それを王子に手渡しました。
もちろん、王子は首を傾げています。
「……なんで靴を?」
「その靴、モー子さんが私にくれた、世界でたった一つの靴です。スッッッゴク大切なものなんです」
「…………へえ……」
「それを預けておきますから、返しに来てください。そのときに返事をします」
「え…?」
「大変ですよ?見た目、全然違いますから。あ、名前もそのときに教えますね」
そう言ってにっこり笑う少女に、(軽く『モー子さん』に妬きながら)呆気に取られていた王子の表情が不敵な笑みへと変わりました。
「――…その申し出、受けて立つよ」
再び駆け降りて行った少女を見送った後、王子は彼女から渡された靴を愛しげに見つめました。
「……これは、『脈あり』と取らせてもらうよ?―――覚悟しておいてね?すぐに見つけるから…」
――舞踏会の翌日。
バイトの帰り道、少女は溜息を吐きながら歩いていました。
(……行動力のある人だとは思ってたけど………………まさか、あれからすぐに探し始めるとは……)
あの後、また本を読みながら待っていてくれた御者に地べたに這い蹲らん勢いで(当然、御者は大慌てして止めましたが)謝った少女は家に帰ってから、同じく待っていてくれた魔法使いに事の次第を説明しました。そして、折角もらった靴を預けたことを謝りました。
すると、魔法使いは口元を思いっきり引き攣らせて――こう言いました。
『……靴はあんたにあげたんだから、どう扱ってくれもいいんだけど………あんた、本当にバカね。あの王子よ?魔法使いの世界では【絶対に逆らっちゃいけない人・ベスト5】として常識なのよ?
………………間違いなく、明日やってくるわね』
その言葉を肯定するが如く、王子の動きは実に素早いものでした。
@あの直後、王に「愛のため」と言って休みをもぎ取った
Aガラスの靴を片手に、一人で一軒一軒訪ね回り始めた
B「護衛をつけろ」と反対する大臣等を、笑顔と「…何か?」の一言で黙らせた
若干Bはどうでも良い気もしますが、何はともあれ「王子が家にやって来る」ということで、城下は朝から大騒ぎです。
当然ながら、少女の継母と義姉達も大騒ぎでした。
家に帰って来るなり「何よあの女!!」と叫び出すまで、すっかり3人のことを忘れていた少女は少し後ろめたい気持ちだったのですが……今日の騒ぎを聞きつけた瞬間「今度こそ王子をっ!!」とまた着飾り始めた彼女達を見て、「この立ち直りの早さなら気にしなくてもいいわね」と思ったものです。
家に着くと、少女は目の前の扉を見て「ここに来たら絶対大変よねェ……さすがの王子様も逃げ出すかも」と思い、深い溜息を一つ吐きました。
「――…ハァ……ただい「お帰り、お嬢さんvv」っっっっ!!??」
ダンッ!!
目の前にいる人物――いえ、目の前の光景に度胆を抜かれた少女は、凄い音が出るくらいの勢いで壁に張り付きました。
「……大丈夫?」
「ちょ…っ!王子様がこの家に居るのもだけど!!そこの3人が顔面蒼白で隅に固まっている事とか王様がファンファーレを吹く人達連れてド派手な衣装で後ろに控えている事とかは納得いかないんですけどっっ!?」
「―――彼女達や父上の事は後で説明するとして……俺がここに居るのは、約束通り君を見つけたからだよ?………まさか『坊』のバイトをしているとはね…偶然頭を外しているところを見かけたときには、すごく驚いたよ。あの着ぐるみ、父上が提供したものだったから」
「はいぃ!?」
『坊』の意外な出所にも驚きましたが、王子がさらりと言った「見つけた」という言葉に、少女は戸惑いました。
「ぇ……え!?ウソ!?」
「なにが?」
「私、昨日と全然違うのよ!?そんなに簡単にわかるはずが――」
「わかったよ?見た瞬間に」
「っ〜〜〜〜〜〜////」
少女が好きになった優しい笑顔でそう言われると、もう何も言えません。喜んでいいのやら恥ずかしがればいいのやら。(喜んでいいのですよ?)
王様の「うんうん♪愛の力は素晴らしいっ!」という戯ご――賛美が、より一層気恥ずかしさを駆り立てます。
「本当はすぐにでも声をかけたかったんだけど、こっちもそれなりに苦労したから驚かせたくてね。家の方にお邪魔させていただいたって訳だ」
「……悪趣味な」
「何か言ったかな?」(キュラ☆)
「いいえ何も。」(即答)
「そう?……ああ、それで何だか彼女達に大歓迎されてる内に、君の話も色々と聞く事になって―――ちょっとこう……プチっときてね?」
「………………」
「軽〜〜くそのときの気持ちを口にしたら、あそこから動かなくなったんだよ」
心の中で合掌。
「父上は……今日一日休みをもらう代わりに、君を見つけたら報告する事になってたから――」
「報告したらこうなった、と…」
「………一応、帰るように言ったんだけどね」
溜息を吐く王子と満面の笑顔の王を交互に見た後、少女は「――どっちも我が道をいく似た者親子なのね…」と空笑いしました。
「―――さて。余談はここまでにして、本題に入ろうか」
「本題?……あ////」
「預かっていた靴、確かに返したからね?約束通り――君の名前と返事、訊かせてもらえるかな?」
少女は片方だけのガラスの靴をギュッと抱き締め、ジッと王子を見つめました。
ほとんど猶予期間がありませんでしたが……すぐに見つけてくれたことはやはり嬉しく、また、幸せそうに微笑む王子を見て、少女は自分の気持ちを素直に伝えました。
「――…キョーコです……私も――あなたの事が好きですよ…蓮王子」
数日後、王が国を挙げて王子とその妃の結婚式を行いました。(展開の早さや準備の早さに妃が頭を抱えていたのは――ここだけの話)
妃の足元では、ガラスの靴がキラキラと光っていたそうです。
こうして、『坊』を被っていた少女は素敵な王子と幸せになりましたとさ☆
<おまけ>
「う゛〜〜〜・・」
「どうしたの?最近、ずっと魘されてない?」
「そうなんだよね〜〜〜〜〜。なんかさぁ…舞踏会の夜に突然寒気がしてからというもの、調子が悪くて……」
「………………ねェ……王子に恨まれるような事、してないわよね…?」
(おしまい)
5万hit記念のアンケート第1位、『 スキビ版シンデレラ 』でした♪
「スキビ」といえば「シンデレラ」!スキビを語る上で欠かせないお話です☆
そのため、いつもよりは原作沿い…ですよね? ←何故訊く
配役は、
・シンデレラ→キョーコ
・王子→蓮
・家族→(継母)飯塚、(義姉)絵梨花、瑠璃子
・魔法使い→奏江
・御者→社
・その他→(王)ローリィ宝田、(大臣)椹、松島
です。
フリーなのに前後編というあり得ないことをしでかしましたが…それでもフリーはフリーなので、どうぞご自由に☆
ちなみに『魔法使いの敵に回してはいけない5人』は蓮様と社長、新開&黒崎監督、そして怨キョモードのキョーコちゃんです。
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