御伽噺を叶えよう





「………………あらら」

目の前の光景――台本を開いたままソファで眠りこける蓮の姿に、キョーコは思わず苦笑してしまった。





平常でさえ多忙な蓮は、ここのところ更に多忙を極めていた。
撮影が佳境に入り、主役を務める蓮は当然のことながら撮りが多くなっている。それだけでも大変なのに、何故か共演者達がNGを連発しているのだ。その遅れを取り戻している蓮にかかる負担は計り知れない。

一方キョーコは、ちょうどドラマ撮影が終了したところで小休止期間となっていた。
いくつかの番組収録が終われば、毎日疲れて帰ってくる蓮のために栄養バランスの取れた料理を用意しておけるくらいの余裕は十分にある。


今日もまた、帰ってくるなり台本を開いて読み始めた蓮のために料理を温め直していた。
そして戻ってきてみれば――というわけだ。

「食事は大切だけど…今はゆっくり身体を休めてもらった方がいいわよね。料理は朝に回せばいいし、蓮の事だから明日の分のセリフは覚えてるだろうし」

栄養補給と休息。
どちらも必要なことだが、時と場合によっては優先順位を決めなくてはいけない。今の蓮に必要なものがどちらかなど、言わずもがなである。


――が、このままにしておくこともできない。
蓮は背もたれに身体を預けた状態で眠っている。小時間ならともかく、一晩寝るならベッドで眠らせるべきだろう。どんなに睡眠を取っても、身体を休めることのできる体勢でなければ意味がない。

しかし、蓮は男の中でも体格の良い方だ。女のキョーコには運ぶどころか支えることすら不可能である。(代マネ時に実証済み)

「蓮を起こさない移動法…………………………あ、そうだ!以前みたいにセリフに反応させ…………ても起こしちゃうか……」

その後しばらく考えてみたが良い案は思いつかず、起こすしかないという結論に達したキョーコ。
申し訳ないと思いながらも、蓮の肩を軽く揺すって声を掛けた。

「蓮…ベッドに着いたら寝ていいから、ちょっとだけ起きて?」
「……………………」
「れ〜ん?」
「……………………」
「起〜き〜て〜〜」
「……………………」
「もしもーし。敦賀さーん」
「……………………」
「…………起きないし」

寝起きの良い蓮にしては珍しく、まったく反応ナシ。
それだけ疲れているのだとわかっているため、これ以上無理に起こすこともできない。


為す術がなくなったキョーコは何となく蓮の顔を見つめ――ある一点でピタリと止まった。

(そう言えば…………おとぎ話の中のお姫様って、王子様のキスで目を覚ますのよね…)

これじゃ王子と姫の立場が逆だけど…と、小さな笑みを零す。
そのままゆっくりと顔を近づけていき――

(――もう、おとぎ話を信じるような歳じゃない………でも……これくらいは、ね?)



そっと唇を重ねた……





「…………ん………」
「――っ!?」
「………キョ……コ……?」

触れ合うだけの口付けを交わしていたのは数秒――その僅かな時間で彼は目覚めた。
何度呼びかけても、どれだけ揺すっても……決して目覚めなかったというのに。


蓮は寝起きの掠れた声でキョーコの名を呼んだが、完全に虚を衝かれた彼女は返事すらできずにいた。

「…………キョーコ?」
「ふぇっ?」
「どうした?さっきから呼んでるのに……ん?顔、真っ――」
「何でもないです何もありませんでした気にしないでっっ////」

今になって自分の行動が恥ずかしくなってきたキョーコは、蓮が何かを言い出す前に話題を無理やり変えることにした。

「それよりっ!ちょうど良かったわ」
「……何が?」
「蓮、ここで寝ちゃって起きないんだもの。どうやってベッドに移動させようか困ってたのよ」
「え?――ああ、ごめん。寝るつもりはなかったんだけど…」
「蓮は疲れを溜めすぎ!仕事に一生懸命なのは蓮の良い所だけど、それで倒れたら元も子もないでしょ!?今日はもう寝なさいっ」
「………ん、そうする……夕食、折角作ってくれたのにごめんね?」
「そんな事気にしないのっ!はい、ベッドへGO!!」

早く行けと言わんばかりに背中を押しやると、蓮はクスクス笑った。

「キョーコは?」
「片付けてから行くわ」
「そう…じゃ、お先に」
「うん、お休みなさいv」
「おやすみ…」


蓮がリビングから出ていく姿を確認した後、キョーコは大きく息を吐いた。

「はぁ〜〜〜〜〜ビックリしたぁ〜〜〜〜(汗)
でも、何で起きたの??熟睡してたのに……――――本当にキスで…?」

現実的に考えれば、そんなことは有り得ない。
可能性として一番高いのは、ちょうど目を覚ますときだった、というものだろう。

「………ま、いっか。何だかおとぎ話を経験できた気分だしv」

得した〜♪と、上機嫌でキョーコは料理の片付けに入ったのだった。







――ちょうどその頃。
蓮はリビングに続く扉を見つめ、柔らかな笑みを浮かべていた。


実は……蓮は途中から起きていた。
本人は起こさずに済む方法を考えることに夢中になり、気づいていなかったが、蓮が目覚めるくらいの声量でブツブツ呟いていたのだ。

最初は、キョーコがあまりにも一生懸命考えてくれているので目を開けることができなかったのだが――普段味わえない状況が楽しくなってしまい、彼女がどうやって起こしてくれるのか興味を持ってしまった。
そこで寝たフリを続けていたら、突然のあの行動。

「……まったく……本当に意表を突いてくれるよ、君は……」

正直、触れた瞬間は反応してしまいそうだったのだ。
それを押し止めたところは、さすがとしか言いようがない。

「あのキョーコの驚きよう……あそこで目を開けたのは、正解だったかな?」

口付けされて驚いたものの、何を思って彼女があのような行動に出たのか、蓮にはすぐ理解できた。だからこそ、寝たフリを止めたのだ――おとぎ話の世界を再現するために。


「今回は譲ったけど……今度は俺が王子役をやらせてもらうよ?―――俺のお姫様は起きてくれないだろうけど、ね」

そのときは……起きるまで続ければいい……





蓮はもう一度微笑んで、寝室へと向かった。











『紫紺月夜』の月葉様へ3万hitのお祝いに捧げますv

管理人にしては珍しく、最初から最後まで甘々トーク。
キョーコちゃん視点のみで終わらせようかとも思いましたが…疑問を疑問のまま残せませんでした(笑)
ちなみにキョーコちゃん。得したのは蓮様ですから☆


月葉様、3万hitおめでとうございました!