Fresh Time





〜蓮キョ編〜



「おはよう」
「おはようございます、敦賀さん!」
「……こぉら」
「え??」
「『おはよう、蓮』――だろ?」
「う゛っ////」

セリフを訂正してやると、キョーコは耳まで真っ赤に染め上げた。
そんな彼女を、世の女性が失神してしまいそうな表情で見つめる蓮。


――二人が付き合い始めて、今日で一週間。
付き合うことになった時、蓮は「他人の目に触れない所では名前で呼んで欲しい。俺も呼びたいし。あと、敬語も止めて欲しいな」と頼んだが、初めて異性と付き合うキョーコは照れて上手くできていなかった。

その辺りの事情を理解している蓮は、口では小まめに訂正を入れているが言う程には気にしていない。その証拠に、キョーコを見る瞳はいつだって優しい。
それでも言ってしまうのは、彼女の反応がカワイイからだ。

「まったく……無理強いする気はないけど、どうして君は名前で呼んでくれないのかな?」
「そ、それはそのぉ〜///」
「まさか、知らないとか?」
「なっ…そんな訳ないでしょう!」
「じゃあ、どうして?」
「ぐっ……だ、だって、スッッゴく恥ずかしいんですよ…?ずっと『敦賀さん』だったし、事務所の先輩だし………ぃ!?」

キョーコはモジモジしながら言い訳した後、視線を上げ――顔を引き攣らせた。
彼女の視線の先に、にっこりキュラキュラ紳士スマイルを浮かべた愛しい(はずの)恋人がいらしたからだ。

「あああああああのっ!!」
「ん?」(キュラ)
「何故お怒りになったんでしょぉかーーーっ!?」
「あはは。やだな。別に怒ってなんかないよ?」(キュラッ)
「はいウソっ!ぜーーーったいウソです!!(光が激しく痛いものっ)」
「嘘じゃないって。本当に怒ってないよ。ただ非常に不愉快なだけで。」
「〜〜〜っっ」

「それを怒っていると言うんですっ!!」と声を大にして叫びたいが――言ったが最後、キラキラ光線が倍増しそうなのでグッと我慢。


「じゃ、じゃあ…っ、何が不愉快なんでしょうか!?」
「――確かに俺は君の先輩だけど…今は『恋人』じゃないの?」
「え…?――あっ!ご、ごめんなさい!そんな意味じゃなかったんです!私、ちゃんと敦賀さんの事っ」
「うん、わかってる」
「…え?」
「ちゃんとわかってるよ…キョーコが俺を想ってくれてる事。礼儀正しいからなかなか上手くできないって事も。ただ……やっぱり、ね。『事務所の先輩だから』って言葉に逃げないで欲しい」
「…………はい……」

しゅんとしてしまったキョーコに、蓮は苦笑交じりに微笑んだ。

「……ごめんね?我侭言って」
「いえ…私の方が敦賀さんにばかり我慢させて…」
「そんな事ないよ。すぐに慣れろって方が難しいんだから…………時間はいくらでもあるし、ゆっくり進んでいけばいい」
「敦賀さん…」
「ね?」

「時間はいくらでもある」――それは、これからも今の関係が続いていくことを約束する言葉。



「…ありがとう…………蓮……」

キョーコは溢れ出る気持ちを素直に伝えた――伝えることができた。





目を見開いていた蓮がふわりと微笑んだのは……それから少し後の事。














〜社奏編〜



「おはよう!」
「――…あ、おはようございます」
「?えっと…俺、何か変な事した?」
「は?」
「いや、さっき一瞬だけど眉をひそめたからさ。何か変だったのかなー?って思って」

ポリポリと頬を掻き、不安げに尋ねる社。とてもじゃないが、二十代も後半に入った青年の仕草とは思えない。
奏江は口許を小さく綻ばせた。

「別に変という事は……何だか機嫌が良いな、と思っただけですから」
「あ、成程ね〜。うん、機嫌ならすこぶる良いよ!」
「はぁ…」

一転して朗らかな笑顔を浮かべた社に、奏江は理由を訊いた方が良いのかどうか判断に迷い、微妙な応対をしてしまう。


親友のキョーコのように感覚が傾斜していたわけではないが、奏江も恋愛にかなり疎かった。
何せ小学生時代は「色気より食い気」、その後は「色気よりお芝居」を地でいっていたのだ。自分に寄せられる好意も尽くスルーしている。

よってバイトで恋人のフリをした事はあっても、本当の恋人は彼が初めて。
どんな反応をすればいいのかわからない。


(もーーーーーーー!!『フリ』と『本当』がここまで違うなんてっ!!
………………今までの『彼女』役、ちゃんとできてたのかしら……?)

思考が違う方向へ向かっていた奏江だが、変わらず上機嫌な社の声に引き戻されることになる。

「だってさぁ、ほんっっっっとぉぉぉぉに久しぶりだったんだ、家で食べる手料理」
「…手料理?」
「そーそー。ほら、琴南さんが作ってくれたでしょ?昨日の夕飯」
「え?ええ、まぁ…」
「独り暮らしを始めてからずっと外食か作り物だったからね。何か炊飯器やトースターとは相性悪いし、電子レンジやポットは細心の注意を払わないとすぐに動かなくなるし」
「………………(汗)」
「まぁ…偶にキョーコちゃんが蓮の分のついでにお弁当くれてたけど、家で食べることはなかったから。それで一夜経った今も、幸せいっぱいって訳っ!
本当にありがとう!琴南さ……………………どうかした?顔、赤いけど」
「っ////き、気のせいでしょう?」
「……そう??」

嘘である。
女優の根性で何とか抑えたが、社の言う通り顔に熱が集まっていた。

作ったと言っても、大家族の中で洗濯係を一手に引き受けていた奏江が作れる料理なんて高が知れている。(美容のための料理は得意だが)
それでここまで喜ばれると――嬉しいを通り越してこそばゆい。


「――あ、あの…」
「ん?」
「…………あんなもので良ければ…また作りに行きましょうか……?」
「え!?本当に!?」
「め、迷惑なら別に…///」
「いやっ、それはないっ!!琴南さんさえ良ければ是非!!」
「私は……大丈夫です」
「やった!!楽しみだな〜〜〜〜♪」





嬉々とした表情を浮かべる社を見て、奏江は穏やかに微笑んだ。
自分もまた、幸せを噛みしめながら……











Web拍手を飾っていた、両カップルが付き合い始めた頃のお話です。
蓮キョは「先輩と後輩」の関係からまだまだ抜け出せておらず、心なし――いや、大いに初々しい(爆)
対して社奏は…今と変わってませんね(笑)