Three times return




「ただいま、キョーコ」
「あ、お帰りなさい」
「……すごい数だね。それ、全部お返し?」
「うん」

キョーコの足元に置かれた紙袋いっぱいの箱に視線を向けて訊くと、キョーコから肯定の言葉が返ってきた。





今日はホワイトデー。
全国のお嬢さんが心待ちにする一方で、男性諸君はお返しに頭を悩ませたり「3倍返し」に胃を痛めたりする日である。


バレンタインに男女の区別なく多くの人にチョコを渡すキョーコは、これまた男女の区別なく多くの人からお返しを頂く。というか、渡した人全員からお返しがくる。
チョコの美味しさも然ることながら、彼女自身の人柄によるものが大きいだろう。もしホワイトデーが「バレンタインのお返しを贈る日」でなかったならば、それこそバレンタインの蓮並みに大量の品物が届くに違いない。

「毎年の事ながら皆マメよね……一口チョコにさえお返しをくれるし」
「(忙しいのにどれも手作りで渡すキョーコの方がマメだと思うけど…)
それだけキョーコからのチョコが嬉しいって事だよ。――あ、そうだ。キョーコの言う『マメな人』に一人追加してくれる?」
「へ?」
「はい、これ。社さんから」

別れ際に「キョーコちゃんに渡しといて」と預けられた包みを軽く持ち上げて見せると、キョーコは「わぁ…ありがとう!」と顔をほころばせた。その表情は大変可愛らしく、微笑ましいと言えば微笑ましい。
――しかし、だ。蓮としては、たとえ彼女にとって兄的な存在であり、自分にとって信頼の置ける相手であっても、他の男からの贈り物でここまで喜ばれると非常に面白くない。

「……随分と嬉しそうだね?」
「うん!社さんからだもの!」
「……………へぇ…?『社さんから』だと、そんなに嬉しいんだ……?」
「え?…あっ、違う違う」

少しだが険しくなった蓮の声音に、キョーコは自分の失言に気づいて訂正を入れた。

「違う?」
「社さんのって、蓮がくれるものの次に私好みなの。だから嬉しいな、って思っただけ」
「……成程」


キョーコの弁明に納得した蓮は、脳裏で緻密に組まれつつあった「社さんイビリ計画・中級編」を即座に中止した。
と同時に、「それはそうだろうな」と思う。社がキョーコに贈り物をするときは、必ずと言っていいほど奏江の助言があるからだ。奏江はキョーコの親友である。当然、キョーコの好みにも詳しい。

(――それにしても…俺もキョーコに琴南さんの好きなものを訊いたりしてるんだから、社さんも同じ事をしてるとは思わないのか?………思わないんだろうな……)

真実を教えてあげようかと思ったが、止めた。
わざわざ社の株を下げることはない。

それに、今はこの上なく機嫌がいい。本人は無意識だっただろうし、その本当の意味にも気づいていないが――彼女の言葉は「蓮からの贈り物の方が奏江からのものよりも好きだ」と言っているに等しいのだ。
いつも彼女に嫉妬している身としては、最高の言葉だろう。ホワイトデーだというのに、まるで自分の方が贈り物を貰った気分である。


「……蓮?」
「ん?」
「なんか、すっっっっごく嬉しそうだけど……もう怒ってない?」
「初めから怒ってなんかないよ。その………………………………………………ちょっと拗ねてただけだし…」
「…………拗ね…?」
「今朝、俺がブレスレットを渡しときは困ってただろう?なのに社さんのときは嬉しそうにするから、つい」
「え!?あ、いや、それはその……って、ちゃんと説明したじゃない!!」
「『今年はちゃんとしたチョコを渡せなかったから貰うわけにはいかない』――だっけ?そんなの気にしなくていいのに」

今朝のやり取りを思い出し、蓮は苦笑した。

「それに言っただろう?俺としては毎年あの渡し方でい」
「それは嫌。絶対に嫌。何が何でも嫌。」
「…………そこまで嫌がらなくてもいいんじゃないか?」
「次の日私がどれだけ苦労したと思ってるのよっ///」
「……確か、ベッドから出て来れなか」
「言わなくていいっ////」

真っ赤になって怒鳴るキョーコを楽しそうに見つめていた蓮だが、ふと思い出してポケットに手を入れた。

「そうそう、他にも渡すものがあったんだ」
「は?まだ何かあるの?」
「………………贈り物を嫌がるのは君くらいだろうね」
「べ、別に嫌がってるわけじゃ…不相応なものは受け取りづらいだけよ」
「うーん…ただの飴なんだけど、それでも受け取りづらい?」
「……飴?」
「そう、飴。ホワイトデーの定番の」
「それなら……でも、なんでまた?もうブレスレット貰ってるのに」
「ブレスレットは『キョーコの気持ち』へのお返しだよ。だから『チョコ』へのお返しはこれで、と思って」

首を傾げて問うキョーコに、蓮はポケットから飴玉を3つ取り出しながら答えた。
それに一瞬ぽかんとしていたキョーコだが、小さく噴き出して笑顔になる。

「もう…理屈に叶ってるんだか叶ってないんだか……」
「どっちでもいいよ、受け取ってくれるなら」
「……ありがと。喜んでいただきます」

にっこり微笑みながらお礼を言うと、蓮もにっこりと微笑んだ。
――ただし、その種類は真反対と言えるものであったが。


「そう?なら、しっかりと受け取ってもらうよ?」
「!?れ…んぅ……っ」

前触れなく口を塞がれて目を白黒させていたキョーコが状況を理解したのは、口内に甘い味が広がり、その元となるものが転がり込んできてからであった……








「〜〜〜〜っ何て渡し方するのよ!!」

長い口付けからようやく解放されたキョーコは、真っ先に抗議の声をあげた。その顔はとてつもなく赤い。
一方、蓮はにこやかな表情を一切崩さず――いや、若干満足そうではあるが――彼女の抗議をしれっと受け止めた。

「ん?ほら、今日は『お返しをする日』だから、渡し方も同じようにしないとね」
「しなくていいわよ!って、何でまた中身を取り出してるの!?」
「何でって……ホワイトデーは3倍返しが基本だろう?」(にっこりv)
「さん…っ!?…………ま、まさか、飴が3つあるのは…
「何を今更」
「いいいいいいいいらない!もう十ぶ…んんっ」








無事(?)3つとも渡し終えた後、蓮は自力で立てず、自分にもたれ掛かってきているキョーコを抱きかかえた。彼女に抵抗するだけの力は残っていないため、なされるがままである。

「さて、と。『チョコのお返し・第一弾』は終わったし、『チョコのお返し・第二弾』にいこうかな」
「………ッ……な…んです…て……?」
「大丈夫。ちゃんと飴は食べてるから」

何がどう大丈夫なのか説明して欲しい。と心から思ったが、恐ろしい答えが返ってきそうなので訊けない。
現に今、蓮の表情はキョーコ的に危険度200%である。


(………………ふっ。覚悟を決めればいんでしょ!?決めれば!!)

「――あ。」
「…………なんでございましょう?」
「言うまでもないけど、これも『3倍返し』だから」

心の中で号泣しつつ間違った方向に決意を固めていたキョーコの耳に、いっそ幻聴であって欲しい言葉が入ってきた。

「……え゛?」
「『3倍返し』――いい言葉だ」
「(いやそれは女性が思う事であって本来男性が思う事ではないはずなんだけど)
って、ちょっと待って!アレの3倍!?無理!絶対に無理ーーーーーーっ!!」
「無理じゃないよ?」
「何を根拠にそんな事が言えるのよ!!!」
「二人揃って明日オフなのは何でだと思う?」
「……………………………………………………」
「どうやら納得してもらえたみたいで嬉しいよ」










翌々日、「バレンタインは遠慮せず、ホワイトデーは遠慮する」と心に誓い直すキョーコの姿があった……のか?











ホワイトデー話のはずなんですが……敦賀氏が得してるのは何故?
バレンタインもホワイトデーも、彼のためにあるんでしょうか?

「3倍返し」――男性にとっては嬉しくない言葉。あえて嬉しいものにしてみたらこんなことに…(汗)

最後まで読んでくださった方、ありがとうございました(涙)