幸せな距離感





冬の道を二つの影が歩いている。ゆっくり歩く大きめの影と、遅れないように少し速めに歩く小さな影。
最初はぎこちなかった会話もいつしか途切れることがなくなり、そんな二人を微笑ましい思いで見る人も多くなった。


ただ、本人たちはそれに気づいている様子はないが。


「最近寒くなったよね」
「そうですね。あっ、今度アーチェさんたちと一緒にうちに来ませんか? おでんを皆さんと一緒に食べようと、おじいさまが・・・」
「おでん?」
「はい! 里でよく作ってた料理で、あったかくておいしいですよ」
「じゃあ、お邪魔させてもらうよ」


笑って頷いたファルケンと、それに合わせて嬉しそうに微笑んだすず。

最近のミゲールに暮らす人々の関心は、もっぱらその二人の仲の進展具合にあった。





「今日も何にも無し?」
「何にもってなんだよ?」

すずを彼女の家に送り届けてから自分の家に帰ったファルケンを待ち受けていたのは、箒を片手に仁王立ちで立つ母親。
怒ったような声を投げかけられたが、あえて何も答えず、その脇をすり抜けるようにして室内に入った。

「すずちゃんと! 今日もただ一緒に帰ってきただけ!?」

今にも箒を振り回さんばかりの勢いで怒鳴る母親に、ファルケンは投げやりに頷く。
部屋の片隅の暖炉の前で困ったように首をすくめる父親と目が合った。

「ったく、もういい加減にしてよね〜。毎日毎日、一緒に帰ってきてそれで終わり!?」
「他にどうしろって言うんだよ!」
「どうって、そりゃあ・・・」

「アーチェ、いい加減にしろって」

静かな父親の言葉だったが、ファルケンにとっては十分な救いの言葉だった。
こうなった母親を止められるのは父親だけだと、長い生活の中で学習させられている。
そんなファルケンの安堵など知る由もなく、彼女の抗議の矛先は父親に向かった。


「だって、最初に会ってからもうずいぶんたつっていうのに。これじゃあ、クレスとミント以下だよ!」
「別に人と比較するようなもんでもないだろ。それにあの二人も、結局今までずっと一緒に暮らしてるだろ」
「そうだけど・・・」
「第一、ファルケンとすずちゃんがお前みたいに何でもポンポン言うと思うか?」
「なんだかアタシのこと、無神経って言ってるように聞こえるんだけど」
「気のせいだろ」
「絶対ウソ! 完全に人のことバカにしてー!」


ファルケンのことなど頭の中から消え去ったような母親を横目に見ながら、ファルケンはそっと自分の部屋へと戻った。





しばらくたって母親が箒に乗って外へ出かけたのを見届けてから、ファルケンは暖炉の前に座る父親のもとへと向かった。
ゆっくりと歩いてくるファルケンを見て、父親は穏やかに笑ってみせる。

「さっきはありがとな、親父」
「気にすんなって。最近のあいつはあせりすぎだからなぁ」

そう言って遠くを見つめるようにした父親に、ファルケンはかすかに首をかしげた。
母親と違う、穏やかな父親の言葉。

だが、言葉の雰囲気は違えど、二人が言っていることがまったく変わらないような気がする。
怪訝そうなファルケンの視線を感じ取ったのか、父親は軽く苦笑して見せた。


「本当にお前とすずちゃんって、クレスとミントによく似てるよ」
「クレスさんたちに?」

挙げられた名前はファルケンもよく知っている人たちの名前。
かつては時空戦士として名をはせ、今はこの国の平和の管理者でもある彼ら。
そんな人たちに、自分が似ているとは到底思えない。

「そういうこと。昔の二人を見てるようで、正直俺も少し歯がゆいんだよな」

小さく言う父親に、ファルケンは沈黙を守った。
父親が言いたいことはなんとなくわかったが、言うべき言葉を捜すことができなかった。
ファルケンに言わせれば、今の状態がちょうどいいような気がするのだ。
すずとの関係を正面切って問われれば困ってしまうが、今の関係はやんわりとした温かさを持っている。


その関係のままでいたいと思うのはだめなことなのだろうか。


「お前らはお前らのペースでいいけどな」

ポツリと呟いて、父親はファルケンに向けて優しく笑った。

「無理してもいいことなんてないしな」
「・・・親父」
「まあ・・・」

言葉を切った父親は感動したような視線を向けるファルケンと目を合わせ、いたずらっぽく付け加える。

「とりあえず、俺が生きている間にはもう少しどうにかなってるとな」


自分の言葉についてこれずにいるファルケンに、楽しそうな笑い声を上げて父親は窓の外に目を向けた。
その目が驚きに見開かれるのを見て、つられるようにしてファルケンも窓の外に視線を移す。
間を空けること数秒。
ファルケンの瞳も父親のそれのように、驚きで見開かれることになる。


「すずちゃん・・・?」

時折手をこすって暖めながらこちらへ向かってくるすずの姿がそこにあった。
なんでと疑問に思うひまもなく、聞こえてきたのは聞きなれた澄んだ音。
おそらく彼女が呼び鈴を鳴らしたのだろう思い、弾かれたようにファルケンが立ち上がって扉を開けた。

「こんにちは」

そこにあったのは予想通りのすずの姿。
かすかに上気した頬から、彼女が急いでここまで来たのがわかる。

「どうしたんだい? 急に」
「え? ファルケンさんが私に用事があると、さっきアーチェさんが教えてくれたんですけど・・・」

不思議そうなすずに、ファルケンはとっさに湧き上がった怒りを何とか押さえ込んだ。
箒で出かけた母親。
いったいどこに行ったのかと思っていたが、よりにもよってすずの所に行くとは思わなかった。

「えーっと、すずちゃん。それは・・・」
「散歩に誘おうと思っただけなんだよ」

不意に背後から聞こえた声には、有無を言わさないような雰囲気が含まれていた。
驚いて振り向くと、いつの間にこちらに歩いてきたのか、ゆったりと微笑む父親の姿がある。
にっこり笑ってお辞儀をしたすずに、彼はなおも言葉を続けた。

「すずちゃんさえよければ、一緒に散歩でもってな。それをアーチェが大げさに伝えたんだろう」
「そうなんですか?」

首を傾け、じっと自分を見つめるすずの瞳に疑いの色は含まれていない。
その澄んだ色がとてもきれいに感じられて、ファルケンの中の怒りや困惑もゆっくりとおさまっていった。


「・・・ああ、まあ。時間、大丈夫?」
「はい!」


満面の笑みというのはこういうものを言うのだろうかと、彼女の笑顔を見ているとそう思うときがある。
その笑顔に惹かれるようにして外に出ようとすると、背後から柔らかな父親の声がかぶさった。

「気をつけてな」


それに片手を挙げて答え、すでに外に出ているすずの後を追うようにして外に出る。
二人はいつもの帰り道のように並んで、他愛もない話をしながら町の中心に向かって歩いていった。





(あれはあれでいいと思うけどな)


窓から見える二人は微妙な距離感を保っているものの、とても幸せそうに見える。



そう、まるで昔の友人たちのように。











『Tiny Vial』の双月来夢様に、6700hitキリリクさせていただいた「ファルケンとすずの奥手さにやきもきするチェスターとアーチェ」ですv (実は、一年以上前に頂いていた作品だったりします/汗)
ファルすずを取り扱っているサイトがあまりないので、ここぞとばかりにファルすずを頼みました!チェスアーつきで! ←欲張りなんです(笑)

第一感想は「うわぉ……チェスターとアーチェだ……ファルケンとすずだ……」でした(爆) いや、思わずそう呟かずにはいられないくらい彼らを再現されてたのでv
密かにクレミンも混じっていて、口元がニヤついて仕方なかった記憶が(笑)

来夢様、素敵なお話をありがとうございました!!