拒否せよ





(誰か助けてくれ……)


某スタジオにある控え室にて、社は心から祈った。
目の前には見るからに機嫌最悪の蓮。声を掛けることさえ憚れる危険なオーラを発している。
できれば「触らぬ神に祟りなし」でいきたいところだが、このまま放置して仕事に差し支えては困るので(※前科あり)勇気を振り絞るしかない。哀しきマネージャーの宿命である。

「な、なあ、蓮?ものすご〜〜く機嫌悪そうだけど、どうかしたのか?(蓮がこんな風になる理由っていうとキョーコちゃん絡みしかないけどさ)」
「………………別に」
「(嘘吐け!!人を射殺せそうなくらい鋭利な目つきしてるくせに!……とは言っても、うっかり地雷を踏んでこれ以上機嫌を悪化させるのはまずいよな…)
――わかった。理由は聞かないから、仕事中だけでも普通にしろよ?」
「……はい…すみません……」
「い、いや、そういうときもあるさ!今は自然体でいいから!なっ?」
「ありがとうございます…」


いつになく低姿勢な蓮に、社は「うわ…結構深刻だったりするのか?珍しい事もあるもんだ…」と思いつつ待ち時間を過ごしたのだった。








(……はぁ…仕事中は誤魔化せたけど……そんなに顔に出てるのか?)


一日のスケジュールを終えてマンションへと向かう蓮は、深い溜息を吐いた。機嫌が悪いことを自覚しているため気をつけていたのだが、ついに隠し切れない程悪くなってしまったようだ。

(そろそろ我慢も限界か……今日も同じだったら、問い質すしかないな…)

そう決意してマンションに戻った蓮を出迎えたのは、可愛くて愛しい恋人のキョーコ。彼女は夕方上がりだったため、料理もバッチリ用意してくれていた。
ここまではいつも通りだし、不満など欠片もない。むしろ幸せですらある。キョーコの作った料理に舌鼓を打つこともいつも通り。問題なのはこれから――食後からだった。


シャワーを浴びて出てきた蓮と入れ替わりにバスルームに入っていくキョーコ。それ自体は別に問題ないのだが……

(…………今日もか)

キョーコがバスルームに消えること1時間。今まではゆっくりしていても30分程だったというのに、1時間前後出てこない日がここ1週間続いている。
別に長風呂が悪いというわけではない。疲れが溜まっているのなら取るに越した事はないし、それで万が一のぼせたとしても助けに行けばいい。(役得なので大いに結構)
だが、彼女を見ている限り疲れているわけではなさそうだ。実際、蓮が出てくるまで元気にストレッチしているのだから。



「…蓮?」

バスルームから出てきたキョーコは、一度リビングまで来て蓮に声を掛ける。ただし、決して入ろうとはしない。
蓮のこめかみに見えない青筋が浮かび上がった。

「……今日もこっちへ来ないの?」
「え!?あ、うん…上がったから、もう寝るわね。おやす」
「ストップ」
「っ!!」(びくぅ)

寝る前の挨拶をして踵を返そうとするキョーコを、怒気たっぷりの声音で押し止める蓮。キョーコはある程度予想していたのか、冷や汗を滝のように流しながら固まっている。

「まだ早いだろう?お休みしないで、こっちへおいで?」
「…………謹んで辞退しま」
「来ないなら俺から行くよ」

またもや言葉を挟み、似非紳士スマイル全開でキョーコに近づいていく。
固まって動けないキョーコを引き寄せ、そのまま唇を奪おうとして――

「ダメっ!!」

顔を逸らし、拒否された…
その瞬間、溜まりに溜まった不満が爆発する。

「――どうしたんだ!?この1週間、風呂から上がると眠りもしないのにベッドに直行して!!俺が気づいていないと思ったのか!?」
「そ、それは…」
「何か理由があるなら言ってくれ!…………こんな風にキスすら拒否されると…不安になる……俺に触れられたくないのか…?嫌いに、なった……?」
「!?そんな事ない!絶対ない!!」

段々と辛そうになっていく蓮に、キョーコは首が取れるんじゃないかと思うくらい激しく首を振って否定した。その必死さから「嫌われた」というのは思い過ごしだとわかり、ほんの少しだけ安堵する。

「なら、どうしてキスもダメなんだ?」
「…………蓮、キスしたらそれだけで終わってくれそうにないもの///」
「それは否定しない」(さらり)
「う゛〜〜〜っ///」
「(………そんな瞳をして睨んでも俺を煽るだけなんだけどね……)仕方ないだろう?潤んだ瞳を含め、キョーコの全てが誘惑してくるんだから」
「してないっ!!」

羞恥か怒りか――顔を真っ赤にしながら蓮の言葉を否定するキョーコをソファまで誘導し、並んで腰を下ろす。それから「キス後の行動の責任」については触れず、質問を続けた。


「それで?キョーコは俺と『そういう事』になるのは嫌なの?」
「//// い、嫌なわけじゃないけど、今はちょっと遠慮したいな〜〜〜って」
「なんで?」
「えっ?それはその…撮影が忙しいから体力を温存したくて!」
「(即答)嘘だね。この1週間事務所や現場まで自転車で移動している上に、ついさっきもかなり体力を使うストレッチをしてたろ?」
「う゛っ!じゃ、じゃあ、『できない日』だから!」
「『じゃあ』って言ってる時点で今考えたってわかるんだけど」
「!!(し、しまったっ)」
「それにまだ5日あるし」
「へ?……………(思案中)………………っ!?どどどどどどどうしてそんなコト蓮が知ってるのよ!!」
「どうしてって…知ってて当然だろう?」
「当然じゃなーーーーーいっ///」
「(無視)で?本当のところは?」
「そ、その、あの……いや、ね??だから…」
…………キョーコちゃん?

言葉を濁すばかりで一向に答えようとしないキョーコに、蓮は最大級のキラキラフラッシュを放った。

「ひぁ…っ」
本当の事を言ってごらん?素直に吐いた方がスッキリすると思うよ?
「っっっっっっ!!(刑事さんに自供を迫られる犯人ってこんな気分なのかしら!?ってそんな事考えてる場合じゃないし!耳元で甘く低く凄まないでぇぇぇぇっ)」

しかし、キョーコも本当の理由を言うわけにはいかない。というか言えない。はっきり言って女の意地である。


(……今回はやけに頑なだな……仕方ない。最終手段を使うか)

そう決めた直後、蓮は見てる方が切なくなるくらい哀しげな表情を浮かべた。
蓮の思惑など知らないキョーコは、思いっきり動揺する。

「な、なに?」
「…………やっぱり…俺が嫌いになったのか?」
「は??いや、だからそれは――」
「嫌いとまではいかなくても、好きじゃなくなったんだろう?気を遣わなくてもいいよ……辛いけど…キョーコの気持ちが俺から離れたなら、仕方ないし…」
「だから違」
「ごめん、気づかなくて…キョーコが別れたいのなら、俺は――」
「(プチ)違うって言ってるでしょうがぁぁぁぁぁっ
「……ほんとに?」
「好きでもない男と一緒に住まないわよ!!私が拒否してた理由は……っ」
「理由は?」
「…………………」
「…………?」
「………………ふ……のよ…」
「え?何?聞こえない」

蚊の鳴くような声だったため聞き取れず、聞き返す。すると、キョーコは元々赤くなっていた顔を更に赤らめ、涙目で蓮を見上げた。
そして、今度ははっきりと告げる。


「〜〜〜〜だからっ、太ったの!!」







「…………………は?」

あまりにも予想外過ぎる言葉に、目を点にして気の抜けた反応しか返せない蓮。
当然、キョーコは激怒した。

「『は?』って何!?人が死ぬほど恥ずかしい思いをして教えたっていうのに!!」
「あ、いや……そうは見えないんだけど…?」
「たとえ見えなくてもそうなのっ!間違いなく1kg増えてたんだから!!それに服もキツイ部分があるしっ!!
…………食事のカロリー計算や間食には気をつけてたのにぃ〜〜〜っ(涙)」
「へぇ…(俺としては全く気にならないんだけど…ああ、でも『1kgぐらい大した事ないじゃないか』なんて言ったら余計に怒らせるんだっけ?社さん、琴南さんにそう言って地獄を見たって言ってたし)」
「しかも!!毎日自転車で体を動かしても食後にストレッチしても入浴中にマッサージしても減らないってのはどういうことよ!?」
「(成程。あれもこれもダイエットだったのか)……俺に言われても」
「もういや〜〜〜〜〜っ(涙)」

ソファに突っ伏したキョーコをしばし見つめていた蓮だが、ふと思いついた瞬間、彼女の胸やら腹やら足やらを丹念に触り始めた。


「きゃあぁぁぁぁぁっ////」
「……ふむ」
「れれれれれれれ蓮っ!?いいいいいいきなり何するのよっ///」
「(スルー)やっぱり太ってないね」
「……へ?」
「ウエストも足も腕も変わってない。むしろ引き締まったくらいかな?」
「…………(確かにそこらはきつくないけど……どうしてわかるわけ?)」
「きつくなったの、服じゃなくてインナーじゃないか?はっきり言えばブ」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!言わないで黙って口を開かないでぇぇぇぇぇっ」

「太った」と告げた時よりも一層赤面しながら喚くキョーコに、蓮は自分の推測が正しいことを確信した。

「安心していいよ、キョーコ」
「ほぇ??」
「太ったんじゃなくて、胸が大きくなっただけだから」
「…………………は?」
「もちろん、アンダーじゃなくてトップの方。1kg分大きくなったわけだし、きつくて当然。あ、でも他のところが引き締まって増加量に変動がないなら、1kg以上って事になるかな?」


今度はキョーコの目が点になったが、そんなことを気にする蓮ではない。キョーコが呆然としている間も淡々と続けた。

(えっと…何?胸?大きくなった?胸が大きく?…………って、バストアップ!?ウソ!?ずっと胸周りに肉がついたと思ってたのに……でも、あの蓮が自信たっぷりに断言したんだから間違いないわよね!?やった!やったわ!!ざまぁ見なさいショータロー!もう『色気のねー女』とは言わせないわよ!!)

徐々に喜色を浮かべるキョーコ。ついでに尚への悪態も忘れない。


――小さくガッツポーズするキョーコは気づいていなかった。自分の隣に座る男が、目が瞑れんばかりの神々しい笑顔を浮かべていたことに……


「悩みが解消されて良かったね?」
「うんvv」
「明日にでも新しいのを買った方がいいよ?」
「そうするvv」
「これからは時間さえ合えば一緒に移動できる?」
「できるvv」
「食後、すぐにストレッチを始めたりしない?」
「食べ過ぎない限りはvv」
「バスタイムも元通り?」
「ええvv」
「もう悩み事はない?」
「ないわvv」
「そう………じゃあ、次は俺のストレスを解消してくれるよね?」(に〜っこり)
「もちろ――――……え゛?」

反射的に肯定しかけたが、すんでの所で思い留まる。否、石化した。
ギギギギギ・・と首を蓮の方へと向けたことで、彼が大変お怒りであると気づく。が、時すでに遅し。


「この1週間、キョーコの勘違いで何もかも拒否されてたよね?俺」(キュラ)
「そ、それは大変申し訳なく…(汗)」
「謝らなくてもいいよ?キョーコも悪気があったわけじゃないし。ただ、俺の心は深く傷ついたけどね?それはもう並大抵の事では癒されないくらいに」(キュラリ)
「……誠心誠意、償わせていただきます…(滝汗)」
「そう?なら、1週間分付き合ってくれればいいからv」(キュラレスト)
「………………はい。」



蓮の全てを超越した笑顔の前に屈服したキョーコは、お姫様抱っこを大人しく受け入れた。この後のことを思ってまず浮かんできたのは、「明日、オフで良かった…」である。

(それってどうなの?……でもまあ、今回は私が全面的に悪いし…あのまま蓮に勘違いされて別れるよりはマシよね…………………………ちょっと待った。蓮があの程度であんな事言い出すなんて…おかしくない?っていうか絶対におかしい。一回目はともかく、二回目は……)

冷静になっていくにつれて不自然さが目立ってくる。ぐるぐると考えていたら、キョーコの思考を読んでいたのかというくらいタイミング良く答えが返ってきた。

「あ、そうそう。『キョーコの気持ちが俺から離れたなら、仕方ない』って言ったけど、あれは嘘だから」
「なっ!?じゃ、じゃあ、『私が別れたいのなら』っていうのも…」
「嘘だよ?」(きっぱり)
「っっっ!!もうっ、蓮なんて知ら「こんなに愛してるのに、拒否されたくらいですんなり離すと思う?」…………………………思いません///
「……頭ではわかってるみたいだし、今度は身体でわかってもらうよ?――もう、拒否は受け付けないから」
「…………はい////」







<おまけ・翌日>

「……あれ?今日はやけに機嫌いいな?」
「そうですか?」
「ああ、お前の背後にハートと花の幻影が見えるくらいにな。
キョーコちゃんと仲直りしたのか?」
「ええ、まあ…あ、そうだ。ありがとうございます、社さん。あなたの愚痴が大いに役立ちましたよ」
「は??」
「おかげで充実した夜を過ごせました」









(強制終了!!)

すみませんすみませんすみませんすみ(以下エンドレス)
際どい発言があちらこちらに……だ、大丈夫ですよね?明言してませんものね?

ダラダラ長いだけで内容のない話です。要約すればとっても簡単。「勘違いから(キスを含め)○×△を拒否していたキョーコちゃんを蓮様が口説き落とす」ってことですね。 ←要約しすぎだ!
むしろ「拒否を拒否する」って感じですか?ハッハッハッ☆ ←開き直ってどうする


……管理人のアホ話にお付き合いくださり、ありがとうございましたっ(涙)