いつだって幸せ





この日の私は、とある高級ホテルの前に止まった車の中にいた。
すっ…と外から車のドアが開かれて、まず彼が降り、続いて私が降りた。
そのホテルのエントランスは、フレンチクラシカルな造りをしていて、『一般人は受け付けません』といった雰囲気をも、かもし出している。
「き…緊張する…っ」
私は軽くドレスアップした姿でエントランスに立ち、思わず胸を押さえた。
こんな場所、滅多に来ないし、それに…。
「そんなに緊張する事無いのに」
私の隣に立つ彼は、ブランド物のスーツを着こなし、にこり、と微笑むと私の肩を抱いてホテルの中へとエスコートする。
「だって…蓮のご両親にお会いするのよ?緊張しない訳ないわ…」
「大丈夫、何時も通りのキョーコでいてくれれば、それでいいんだよ」
今日、私達二人がここにやってきた理由はただ一つ。

――蓮の両親に、私達が『結婚する』という報告をする事。









私達が案内されたのは、そのホテルの最上階にあるで『スイートルーム』と呼ばれる一室の前だった。
あらかじめ蓮のご両親に言われていた様で、案内してくれたホテルマンは、その部屋のカードキーを蓮に渡していった。
ロックを解除して、扉を開けて一歩中へ入ると、中は格調高い造りになっていた。
私はきょろきょろと周囲を見渡すと、傍に立つ蓮を見る。
「すっごい…。蓮が誕生日とかに連れて行ってくれるホテルのスイートルームも凄いけれど、ここはその上ね…」
一泊いくらなんだろう…?と呟く私に、蓮は苦笑いをしながら言う。
「キョーコと会えるのが本当に楽しみらしいよ、両親は…。気に入っている、このホテルのスイートをわざわざとる位だから」
楽しみにしていてくださるのはいいのだけど…。
こんな高そうなスイートをとるなんて、この人もご両親も金銭感覚が私とは違う気がする…。
と、その時、
「レン!!」
ばん!!と勢い良く目の前の扉が開かれ、一人の女性がこちらにやってきた。
栗色のサラサラの髪に、青い瞳。
身長は私と蓮の中間位。
そして、物凄い、美人。

…その女性は蓮の前に立つと、いきなり蓮の襟を掴んで自分の方に引き寄せた。
「レ〜ン〜?…貴方ったら日本に行ってから殆ど連絡くれないじゃないの!!私は連絡をいつも待っていたのよ!?」
「あー…ごめん、いろいろ忙しくて」
「私がどれだけ貴方に会いたかったのか、わかる!?」
「……それは、重々」
承知しております、と言葉を続ける蓮の襟をぱっと放して、その女性は私の方に視線を移した。
「あら、貴女が『最上キョーコ』さん?」
「はっ、はいっ!!」

「……っ、可愛い〜っ!!」

がば、とその女性……蓮のお母様なんでしょうけど……が私に抱きついてきた。
突然の事に吃驚して動けないでいると、蓮が助け舟を出してくれる。
「母さん、キョーコが驚いているから、離してくれないか?」
「嫌よ」
「嫌とか我が侭言わない」
「言う」
「俺に対する嫌がらせですか」
「当たり前」
あああ…頭上で親子喧嘩が繰り広げられているうぅぅ…。
「……身勝手母」
「何よ、親不孝息子」
「せめてキョーコに紹介位させてくれ…」
はぁ、と背後で蓮のため息が聞こえる。
きっと手を顔に当てて、いつものちょっと困った様な表情をしているのだろう。
「あ、そ、それもそうね…じゃあキョーコちゃん、こっちに来て頂戴♪」
既に、ちゃん付けで呼ばれるようになった私から離れ、蓮のお母様は先程出てきた扉を開けた。
「…行こうか」
蓮が『手を繋ごうか?』と言うかの様に、私に向かって手を差し出してくれる。
私は躊躇う事無く、その手を握った。



通されたのは広いリビングルーム。
中央に置かれている大きなソファーが二つとリビングテーブル。
その脇には広いテーブルと椅子が四脚あるダイニングセット。
青と白と茶でまとめられたその部屋は、非常に落ち着いた雰囲気の造りになっていた。
「レン、キョーコちゃん、こちらにお座りなさいなvv」
手招きをして指し示されたのは、ソファー。
私達は案内されるまま、そのソファーに座る。
「母さん、父さんは?」
あ、そういえばお姿が見えないわ、蓮のお父様。
蓮の質問に、紅茶を淹れながら蓮のお母様は答えた。
「今、ちょっと電話している所よ…って、ほら、来たわ」
「ダリア、終わっ……。 蓮、いつの間に来たんだ?」
う、うわあぁぁぁ…!!
蓮のお父様を見た私は思わず心の中で叫んだ。
だって…蓮にそっくり!!
身長は蓮よりちょっと低めで、髪質が蓮とは違ってクセがあるけれど…蓮にすっごい似てる!!
…違う、逆だわ。蓮がお父様にそっくりなんだわ、遺伝的に。
「今来たに決まっている」
「あー、相変わらず可愛げが無いな、蓮」
「俺に可愛さを求めるそっちがどうかしていると思うけど?」
「あら、息子が可愛さを求めるのは当たり前よ!?だって可愛いんですもの!!」
「そうだぞ、何せお前は俺と愛しのダリアとの息子!!可愛くない訳が無い!!」
「……」
「…ああ、ほら、レン。せっかく綺麗に産んであげたんだからそんなしかめっ面しないで欲しいわ」

私は目の前で繰り広げられる光景に、口を開けて何も言えなくなっていた。
超美形夫婦が超美男子の息子に可愛げを求めている…。
よりにもよって、それが蓮だなんて違和感がありすぎる…!!
そんな状態の私に気がついた蓮が、自分の両親を制止してもう一つのソファーに座らせ、私の方を向いた。
「……ごめん、変な両親で」
そう言った蓮の顔に、既に疲労の色が浮かんでいるのは気のせいかしら…?
「紹介が遅れたけど、キョーコ。この二人が俺の父、敦賀擢春(たくはる)と、母のダリア・アン・敦賀。そして、父さん、母さん。この人が、俺が結婚しようと思っている最上キョーコさん」
「はじめまして、蓮さんと御付き合いさせていただいております、最上キョーコと申します!!」
私はソファーから立ち上がり、ぺこ、と頭を下げる。
「はじめまして、最上キョーコさん。蓮の父です」
にっこりと微笑むお父様の顔は、蓮にやっぱりそっくりだった。
「さっきはごめんなさいね?レンの母、ダリア・アン・敦賀よ」
「いえいえ、とんでもありません!!」
首を大きく横に振ると、三人にくすくす笑われてしまった。
…もう、蓮まで笑う事無いでしょう?
「…二週間前に蓮から数年ぶりに電話が来てね。紹介したい人がいるから日本に来れないかと言われた時は驚いたよ」
「それこそ仕事をすべてキャンセルして、日本に来ちゃったわ〜」
え、仕事を全てキャンセル!?
その言葉に思わずぎょっとした私だったけれど、隣に座る蓮から声をかけられる。
「ああ、キョーコ、気にしなくていいから」
「気にしなくていいって言っても…お仕事をわざわざキャンセルしてまでこちらに来ていただいて…」
蓮のご両親が日本ではなく、海外に住んでいることは予め聞かされていた。
お仕事は何をしているのか聞いた事はないのだけれど、芸能界と言う世界で生きているせいか、仕事をキャンセルすると言う事はどれ程大変な事かを知っている。
そのお仕事を休んで、さらにわざわざ日本に来ていただいたのよ?
気にしなくていいって言われても『はいそうですか』とは言えないわ。
「本当に気にしないでいいのよ、キョーコちゃん。それに仕事よりも大事な事があるって、キョーコちゃんもわかるでしょう?」
「それは…ハイ」
時には仕事よりも何よりも優先する事が、ある。
きっとこの夫婦は、仕事よりも、息子を選んだのだろう。
「主人はね、演出家をしているの。だから蓮が日本で俳優の仕事をしているって聞いた時は、この人本当に喜んだのよ」
「息子の主演する舞台を演出出来るとしたら、最高だと思わないかい!?」
「俺は断る。…それで、母さんは元モデルで今は父さんの助手をしてる」
「元モデルさんなんですか!?」
「昔の話よ〜?15からモデルの仕事していたんだけど、17の時に、友人の紹介で主人と知り合って18でレンを産んだのよvv」
「18歳で!?通りでお若いと…」
「もう若くないわよ。それにしてもレンったらこ〜んなに可愛いお嫁さんを見つけているとは思わなかったわ♪キョーコちゃんは女優さんなんですってね?」
「は、はい、一応…まだ未熟者ですが…」
「全然未熟じゃないよ、キョーコ。…母さん、本当に言った通りに可愛いでしょう?外見も、性格も」
「ええvv」

「蓮が冷たい…」

と、盛り上がっていた所で、ぼそ、と呟く声が聞こえた。
それは紛れも無く、蓮のお父様の声で…。
「昔も今も、俺には反抗的だよなー…」
「仕方ないでしょ、レンにとってのアナタはコンプレックスなんだから」
「コ…?」
コンプレックス!?
この高身長・造形整った顔・(一見)紳士な性格・完璧な演技力・富と名声を既に手に入れている、この蓮が!?

「レンがコドモの頃は、まだアナタもこんなに壊れてなくて…完璧な人間だったから、それが息子であるレンのプレッシャーになって、コンプレックスの対象になったのよ」
「やめてくれ、母さん、頼むから」
ま。蓮が困ってる。
それにしても蓮の完璧主義は、この辺から来たんだろうなぁ…と思うわ、私。
「あら、やめていい?キョーコちゃん?」
「えっ!?」
「この話、続きがいっぱいあるんだけど」
「やめないでください」
続きがいっぱいあるだなんて、本当に気になる!!
やめないでください。即答です。
すると、隣からイヤ〜な空気がヒシヒシと…。
恐る恐る視線を動かすと、これでもかと言う位、美しい笑顔を浮かべている蓮の姿が…。
「…キョーコ?」
「ははははははいっ!?」
「覚悟は出来ているんだよね?」
「………ううー…」
覚悟…覚悟ってきっと今夜の事よね?
覚悟なんか出来ないけれど、でも、やっぱり話は聞きたいものーっ!!
「蓮、可哀想じゃないか、睨んだら」
と、フォローをするお父様に、蓮が反論する。
「睨んでない、失礼な」
「睨んでいるだろ?それが気に食わないなら、脅している」
「脅す?人聞きが悪い…」
「さ、二人は無視してこっちで話を進めましょ♪キョーコちゃん」
え、あ、無視しちゃっていいんですか?
何か言い争いになっていますけど、このままで??
…ま、いいって言うんだから、いっか。
じゃあ遠慮なく、話を進めちゃいましょ。
「お聞きしたいのですけれど…蓮に…蓮さんにとってお父様がコンプレックスだったというのは本当なんですか?」
「本当よ。…あの通り、二人はそっくりじゃない?レンは『そっくり』って言われるのが本当にイヤだったみたいで…しかも昔は何をとっても完璧人間だった父親を見てきたから…ねぇ」
「ああ、それは…そうですね…」
「それにしても、レンが人を心から愛せるようになってよかったわ」
「え…」
「あのコは、昔は、人を心から『愛する』と言う事がわからなかったのよ」
けれども、キョーコちゃんの事を、心から愛しているみたいね。と笑う蓮のお母様の顔はとても優しくて。
そして、言おうとしている事が、私には痛いほどわかって…。

…数年前に出演した『月籠り』。
私はここで、蓮が愛に関して薄い感情しか持っていない事を知った。
その蓮が、私を愛してくれた。
それが、薄い愛ではなくて、心からの愛だと知ったのは付き合って直ぐの事。
愛が欠けていた私に愛をくれたのは、蓮。
自意識過剰かもしれないけれど、愛の深さを蓮に教えてあげられたのは、私…。

「私は…愛する心が欠けていた時期があって…。それを取り戻せたのは、蓮さんのおかげなんです」
「だとしたら、今の、人を愛することが出来るレンを作ったのはキョーコちゃんだわ。ありがとう」
「いえ、お礼を言うのは私の方です」

「レンを…よろしくね?」

「…はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」



その後、四人でお食事をして、蓮のご両親に『じゃあ次は式の前に会いましょう』と言われて家路についた。
…のはいいんだけど。

「……れ、蓮?」
家に入った途端、蓮の目が怖い…と思っていたら、バン!!と壁際に追い詰められた。
「明日の仕事は何時から?」
「え、えっと、11時…」
「覚悟、出来ているんだよね?」
「へ…?」
か、覚悟って何の話だっけ…って…。

「………あ」

何を言おうとしているのかわかった私を見て、
「寝るのは、日付が変わってからだから。覚悟できているんだからそれ位は平気だよね?キョーコ?」
蓮はにっこりと笑いながら、言い放つ。

――私には、反論する術は、無い。



まぁ、蓮の違う一面も見る事が出来たし、この位の事は覚悟……しなくちゃね……。うん……。











スキビサイト『Time-scape』のふぁい様から強奪した、10万Hitフリー小説第3弾でございます。
蓮様のご両親とキョーコちゃんの初☆顔合わせですね。蓮パパと蓮様のツーショットを拝んでみたいものです(笑)