嗚呼、男って単純な生き物だと思う……。

例えそれが、芸能界で実力派だとか抱かれたい男No.1だとか言われている男だって。
例えそれが、担当している俳優の、忙殺されそうなスケジュールを何とかしている優秀な男だって。



結局の所、好きな女の子に『お願い』されてしまえば、アッサリと了承してしまうのだから。




妥当な報酬





漂う甘い香り。
響く笑い声。

自分の前で微笑むのは、俺が好意を寄せる子とその親友。
隣には、好意を寄せる子の親友を好きな男。



目の前には――



「おっ…いしーいっ!!やーん、これ、凄く美味しい!!」
「こっちも美味しいわよ?食べてみる?」
「みるみる〜!!」
「はい、じゃあ……」
隣からすっと差し出されたフォークに、ぱくりと口を運ぶ。
数回口を動かして飲み込んだ後、満足気な表情を見せる。
「ん〜vvこれも美味しいvv」
「じゃあ私にそれ頂戴」
「うんっ、食べて〜」
差し出されたそれを受け取った後、ふと視線がこちらを向く。

「…って二人共どうしたんですか?」
その声を聞き、もう一人もこちらに視線を移す。
「あれ…敦賀さんも社さんも、どうしました?」
投げかけられる問いに、何て答えたらいいのか判らずに俺達は思わず言葉を濁す。

「え、いや」
「まぁ、その…」
曖昧な反応を見せる俺達に、彼女達は不思議そうな顔をする。

「「二人共…食べないんですか?」」

声を揃えて、尚且つ可愛く首を傾げてさらに問う彼女達に、見事に撃沈。
そして問いに先に答えたのは、隣の男。
「……た、食べるよ?」
すかさず自分も便乗する。
「そっ…そうそう、食べるよ?」
答えを聞いて満足したのか、彼女達は席を立ってある場所へ向かう。

「ま、まだ食べるのか…」
「俺、もういい加減にいらない…」
「俺も…」

ぐたりとソファーに仰け反る俺達の目の前には、皿に乗った……。



――甘い、甘い、大量のケーキ。









事の始まりは数時間前。

今日は午後から仕事が無くて、報告を終えた俺達は事務所からお互いの家に帰ろうとする所。
事務所の玄関ホールで目に入ったのは、お互いが思いを寄せる二人の少女の姿。
迷う事無く近づいて、声をかける。

「やぁ、最上さん」
「やぁ、琴南さん」

親友であるという二人は、仲良く同時に後ろを振り向く。

「あ、敦賀さんっ」
「あ、社さんっ」

予想外の人物の登場に、一瞬驚いた表情を見せたものの、その顔には笑顔が。
ああ、可愛いなあと思っていると、

「今、お暇ですか?」
「まぁ、暇、だけど…」
「じゃあちょっとお話しませんか?」

向かい合わせに置いてある椅子を指差して、可愛い笑顔を見せられて。
好きな子にそんな事を言われて。
断れる男がいたら俺は見てみたいものだ。

…案の定俺達は断るなんて馬鹿な事はせずに、勧められるままに椅子に座る。
「どうしたの、二人共?」
普段は無い展開なので、少々驚きながら彼女達に問う。

「え、何て言いますか…」
「お話、したいなぁ、って…」
「駄目、ですか?」

本人達は無意識なのだろう。
どうしてもある身長差のせいで、必然的に上目遣いになって。
空調の関係で、少し高い室内温度のせいもあるのか、顔が赤くなっていて。
さらに滅多に無い誘い。
それらにぐらり、とやられてしまって。
「いや、駄目な訳無いよ?」
「むしろ話、しよう?」
俺達はこんな単純な事で、本気で喜んでいる。
「ああ、よかった…」
「断られたらどうしようかと思っちゃいました」
ほっと安堵する彼女達を前に、俺達は心の中で、『断るものか!』と叫ぶ。

「それで…何から話そうか?」
「ええっと…あ、お二人は今日のお仕事は……」
「今日は午後、仕事が無いんだ」
「そうなんですか?珍しいですね〜」
「本当にね。…ところで二人は?」
「私達、今日は一日仕事が無いんです。だから久々に養成所の方へ行ってきました」
「へえ、面白かった?」
「はい!」
「とても勉強になりました」

何気ない会話がとても楽しくて。
途切れる事無く次々と進む話に時間を忘れて。

ひとしきり笑った後に、彼女達はふとお互い目を合わせて、俺達の方を向く。

「あの…」
「実はお願いがあるんですけど…」


――お願い?


「何かな?」
「無理じゃない事なら聞くけど」
そんな事を言いつつも、俺達は彼女達の『お願い』をばっちり聞いてあげる体制だ。

…だけど、それがまずかった。

「「本当ですか!?」」
彼女達はにこりと笑うと、次の瞬間にはその両手に一枚ずつ…計4枚の紙を握り締めていた。
「えへへー、先程こんなものを4枚戴いちゃいまして」
「ご招待券なんですけど、使用期限が今日までなんですよ」
へぇ、どこの招待券?と聞く暇も無く、彼女達は俺達とばっちり視線を合わせる。
視線を逸らす事が、何故か出来なくて…。
「つーるーがーさんv」
「やーしーろーさんv」
そして妙に甘えた声に、嬉しい様な、恐ろしい様な気がしつつ…。
「よかったら一緒に行きませんか?」
「というか、連れて行ってくれませんか?」
「「お願いしますv」」
…しつつも、だから可愛くお願いされちゃうと俺達はもう了承するしか道が無く……。
「勿論、一緒に行こう」
「俺の車でいいのなら連れて行くよ?」
俺も、隣の男もアッサリ返事をする。

良い返事を貰えた彼女達は手と手を取り合ってはしゃいでいる。
「きゃ〜!!やった〜!!」
「本当に!よかったわね〜、ココ、キョーコは前から行きたいって言っていたものね」
「うん!だって51階よ、海が見えるのよ、食べ放題なのよ!?」

……食べ、放題?

「普段なら絶対に行かないんだけど……たまにはいいわよね」
「そうそう!甘いもの食べてストレス発散よ♪」

……あ、甘いもの!?

「し、失礼、二人共…」
「はい?」
「何ですか?」

「…その招待券は、どこへの招待券……なのかな?」

恐る恐る尋ねた俺は、心の中で『頼む!!頼むから俺の予感が当たらないでくれ――!!』と叫んでいたのだが、それも虚しく。
彼女達は、それは、それは嬉しそうに答えたのだった…。


「「ケーキバイキングの招待券ですよ?」」









「…あの時、ちゃんと確認しておけばよかった」
「本当だよ…」
一度『OK』を出した手前、今更断る訳にも行かず。
甘いものがそんなに得意ではない俺達は、こんな事でなかったら一度も足を踏み入れなかっただろう場所にやってきた。

高速を飛ばしてやってきたのは、とあるホテルの51階にあるケーキバイキング。
丸々1階分使ってあるので、かなり広い。
かなりの幅をあけてソファーが並べてあり、隣を気にしなくても良い造りだ。
外側は全面ガラス張りで、一方では立ち並ぶビルと人々が、もう一方では海が眼下に広がる。

「女の子って、本当に甘いものが好きだよね」
「ええ。こっちは一皿分だけでもう十分なのに、あの子達、通算三皿分ですよ」
「もうポテトも食べ飽きたよ」
「サラダも食べ飽きました」
「俺達だったら普通のバイキング来た方がいいよなぁ」
「ケーキより他のものばっかり食べていますからね」

結局の所、彼女達に付き合って一皿分のケーキは食べたものの、それ以上はどう頑張っても無理だった。
だから、一緒に用意してあるポテトやらサラダやらサンドウィッチやらを食べていたけれど、それも飽きて。
今は珈琲の苦さに感激している所だ。

「まぁ…でも、最上さんが喜んでいる姿が見られたので、それはそれでいいかと」
「俺も。琴南さんが喜んでいる姿が見られただけで十分かな」
「惚れた弱み、ですよね…」
「だよな…」

視線の先には、再び皿にケーキを乗せて戻ってくる彼女達。
まだ食べるのかと思いながらも、ここまで来たら何個食べたか数えておけば面白かったかも、などと思ってみたりもする。
席に着いた彼女達の持ってきたケーキの量に思わず笑ってしまった。

「見てくださいよ、この子ったらかぼちゃプリンばっかりこんなに持ってきているんですよ?」
言われて見てみれば、皿の半分をかぼちゃプリンが占拠している。
「い、いいじゃない!美味しいんだもの!」
「だからって限度があるでしょ」
「モー子さんだって紅茶のシフォンケーキは毎回持ってくるくせに」
「でも一気には持ってこないわよ」
二人共、どうやらお気に入りのデザートがあるらしい。

「そうだ、敦賀さんと社さんも食べてみます?かぼちゃプリン」
「じゃあ紅茶のシフォンケーキも、どうです?」

差し出された皿を前に、本当は『甘いものはもういい』と思っていたのだけれど。
何せ、男って単純な生き物だから。
この笑顔を見ていられるなら安いものだ、と思って口に運んでしまう。

甘い中に僅かに残る、ほろ苦いカラメル。
ふわりと広がる紅茶の香りと、とろけるクリーム。

美味しいね、と口に出すと彼女達の顔が綻ぶ。


――ケーキなんかの甘さより、こちらの方が甘いと思ってしまったのは、彼女達には秘密。






嗚呼、男って単純な生き物だと思う……。

例えそれが、芸能界で実力派だとか抱かれたい男No.1だとか言われている男だって。
例えそれが、担当している俳優の、忙殺されそうなスケジュールを何とかしている優秀な男だって。

結局の所、好きな女の子に『お願い』されてしまえば、アッサリと了承してしまう。



だから、その『お願い』の報酬に。






――その笑顔を、俺だけの為に。











ふぁい様が管理されている『Time-scape』様から、30万hit記念のフリーSSを強奪☆第2弾(笑)

男性陣、女性陣の掌でゴロゴロ状態(爆) いえ、ラブラブで嬉しいんですけど(笑)
蓮様と社さん、どちらの視点でも読めるっていうのがまた素晴らしいですね♪

ふぁい様。またまた素晴らしいSSをありがとうございました!