マネージャーのお仕事





この、寒冷前線真っ只中な空気の中、社は棒立ちになったまま、真っ青な顔つきでだらだらと冷や汗を流していた。
この寒さ───ここは北極か?南極か?いや、この息苦しさからいくと、はたまた酸素という元素が存在しない亜空間なのか…。

(ううっ…本気で酸素が…)

社は涙目になりながら胸を押さえた。
この苦しみは、もはや彼の常備薬・胃薬ではとても対抗しきれるものではなかった。

(や、やっぱり毎日の積み重ねがものをいう?……となると、やっぱ養命酒とか?いや、でも救心とかかな〜。いっそ病院に…)

とか何とか、軽〜く自分の殻に閉じこもってみたものの、だからといって、この黒〜い空気が晴れるわけでもなく…。
結局、社は深〜いため息をついて、この不穏な空気を撒き散らしている原因──敦賀蓮へと、チロリと視線を向けて、みた、のだが……


グシャ!!

ただ今不機嫌オーラ絶賛放出中の男───蓮は、手にしていた雑誌を見るも無惨に握り潰しているところであった。
その顔は、既に大魔王のご到来〜★

(ああ〜〜…っ)

社はますます眩暈を覚えた。
ちなみに、ここは北極でもなければ南極でもなく、当然、酸素無し亜空間でもない。地球上、ジャパ〜ンの一テレビ局の控え室である。

そもそも、なぜこうも蓮がお怒りなのかといえば……理由は、その、たった今、彼が握り潰した雑誌にあった。
それに書かれていた、蓮を大魔王に変貌させた記事とは、以下の通りである。


『人気急上昇中の演技派女優・京子のデート現場をキャッチ!!
お相手は現在ドラマで共演中の俳優N氏!?
二人は仲良く都内のカフェ、雑貨屋などを巡り……etc…』


…とまぁ、こんな感じである。
そりゃ、こんな物を見てしまっては、蓮が、この世の全てを血の海に沈めて戦国時代真っ只中の地獄絵図を再現してやろーかコラァ!!的な顔をしているのも、頷けるというものだ。
頷けるんだけれど……しかーし!!それを容認してはならないのがマネージャー・社の役割(?)なのだぁ!!


社は意を決すると、恐る恐る蓮に話しかけた。
「ゴホンッ。えー……れれれれれれれれれ蓮?おおおおおうおうおおおお落ち着けよ?」
初めっからどもり絶好調ぉvv
そんなオットセー社に、蓮はチラリと視線を向けると、
「社さん?俺はこれ以上ないくらい落ち着ついてますよ?……ええ、冷静ですとも」
言いながら、ニヤ〜リと唇の端を釣り上げる。
目が…目が、笑ってませんιそしてそれは凶悪犯の笑いですぅ〜!!、と、社は内心、滝の涙を流した。
「い、いや…その落ち着きが逆に怖ぁいんだけど……お前、まさか変なこと考えてないだろうな?」
「…変なこと?何ですか、それ」
「そ、そりゃ例えば…」
ゴホン、と咳払いをしつつ、社はしどろもどろに話し始めた。
「たたた例えば……その、相手の男にだなぁ、文句つけてやろーとか、シメてやろーとか、な、な、殴ってやろーとか……そういう事だよ」
この言葉に、蓮はぷっと吹き出した。
「やだなぁ、社さん。そんな事考えてるわけないでしょう?」
にーっこりvv
瞬時に社の顔がパァっと輝く。
「そ、そうか。そうだよな〜。ははは。いくらお前でもそんな…」
胸を撫で下ろしたのも束の間、
「そんな生易しい事を考えるはずがないでしょう?(にっっこり)」

甘かった…(涙)

(そりゃそうだよ、ここにおわすお方はどなた!?
Answer→大魔王でぇすvv
ピィンポーン♪)

だもんね!!
社の現実逃避のような直視のような深層心理、終ぅ了ぉ。

「蓮ーーーっっ!!!!いいいい言いなさい!!」
「は?」
「文句とシメると殴るが生易しいなら、お前にとっての生易しくない事とは何なんだぁぁ!!お兄さんに言ってみなさい!!!」
ものすご〜い剣幕で詰め寄る社にも、しかし、蓮は相変わらずひょうひょうとした態度を崩さない。
「別に…たいした事じゃないですよ」
「嘘をつけぇぇーー!!いいから吐けっ、吐くんだーー!!てか、本当は悪夢にうなされそうだから聞きたくないんだけど、お前のマネージャー、もといストッパーとしてはどうしても聞かなくちゃいけないんだよぉぉぉーー!!!」
おうおうおうぅ…と、いい年した大の大人の男(てか、25歳)に号泣・懇願されてしまっては、蓮もさすがに口を開かないわけにもいかない。
「はぁ…分かりましたよ。というか、この衣裳後で買い取りだな…」
「俺の涙汁が付いたくらいなんじゃい!!衣裳なんか後でなんぼでも買い取ったるわい!!今はそんな事より、お前の黒〜い企みを話すんじゃーー!!!」
「どこの出身ですか、あなた。軽〜く気になりますね」
冷静にツッ込みを入れつつも、蓮は仕方ない、といった風なため息をつく。
「はいはい、分かりました。話しますよ。…ふぅ。まずはですねぇ、この相手の男を…」
言いながら、雑誌掲載の写真を思い出したのか…蓮の顔がしきりに疼いていく。デート現場をキャッチだと!?その記事だけでも憤慨ものだというのに、その決定的証拠とばかりに、雑誌にはキョーコと男のツーショット写真まで載っていたのだ。

「………っっっ」

ギリギリと音が鳴る程に拳を握り締め、顔は大魔王スマイル、こめかみには見事な青筋を出現させる蓮。
「そう…まずは相手の男…この身の程知らずの命知らずの愚か者に、軽〜く挨拶などを。ええ、挨拶は基本中の基本、人としてのたしなみですからねぇ」
「はいはい!!質問〜!!」
社くん、挙手。
「どうぞ、社さん」
「はい(起立)。え〜とぉ……その挨拶ってのはどんな挨拶デスカ!?不良やヤクザが使うアレですか!?裏路地とかに連れ込むやつ!?そうだろ!?そうなんだろぉぉ!?それは人としてのたしなみではありませんっっ!!!犯罪者のたしなみです!!てか、やめろぉぉぉ〜〜」
矢継ぎ早な質問…というか、後半ほとんど懇願に、蓮、一時沈黙…。
結果、
「(スルー)そして次にですねぇ…」
「無視かよ、おい!!」
「(完全スルー)次は、相手にチラリと生暖か〜い視線を送り…」
「嘘をつけぇぇーー!!殺人的光線だろ!?魔ビームだろ!?てか、もうそれで一発KOです!!相手絶対気絶するからぁぁぁ!!!」
「その後で…」
「まだ続くの!?」
「五体のそこらをバキ、ボキと…」
「バキ、ボキって何ぃぃぃ!?何の効果音!?てか、相手気絶中だし…あっ、それで意識を覚ますわけか、なる程……って、感心してどーする俺!!いや、だからバキボキって!?殴る音よりむしろ折る音!?折る!?ほほほほ骨ですか!?骨いっちゃいます!?手、足、肋骨、さぁ、どこだ!?てか、や〜め〜ろぉぉぉ〜〜〜!!!」
「そして次には…」
「また無視かよ!?そしてまだ続くのぉぉ!?」
「人体における最も重要な数ヶ所を○○する事によってこの世のものとは思えない程の激痛を与え…」
「激痛!?痛ぁいぃぃ〜〜(妄想)てか、この世じゃなければどの世!?魔王ワぁールド!?」
「および××を△△して○☆した事により◎になった◆@を…」
「わぁぁぁぁーーー!!!もういい、もういい、もういいです!!!やめてくれぇぇーーー(涙)」
床に崩れながら、社は必死の形相で蓮を止めた。
「これ以上聞いたら確実に脳がただれるぅぅ!!サうそう、俺、昔から理科系苦手だったしぃ☆てか、なんでお前はそうも人体の仕組みに詳しいんだヨ!?何者ダ!?ああ、もう涙で目の前が見えませんっっ!!!」
控え室が浸水状態で埋まる程までにドバドバと涙を流す社に、蓮は思わずたじろいだ。いや、何というか…めったにお目に掛かれないような、実に興味深い顔つきをしていたからだ。
「や、社さん、落ち着いて下さいよ。ほら、他の部屋にまで浸水したら困りますし…。そこまで言うなら、俺はこれ以上は何も口にしませんから。ね?」
「ぼんどに゛ぃ゛〜?(訳:ほんとに〜?)」
「ええ、本当です。約束しますから」
気分はもはや5歳児をあやす保父さんです☆
「まぁ、まだ3分の1程度しか話してないんですけどね…」
「あぁぁ嫌な事聞いたぁぁーー!!サラッと言うお前がとても嫌ぁぁ!!いや、普段は好きなんだけどね!?通常バージョンのお前はね!?てか、残りの3分の2ってどんなの!?あぁぁーー言わないで!!!」
さっきから一人ノリツッ込みの域に達している社の暴走に、蓮もそろそろ傍観気味である。
はぁ、とため息をつくなり肩をすくめると、
「…まぁ、とにかく俺の生易しくない事なんてこの程度です。ね?たいした事ないでしょう?」
どうやら果てしなく本音らしい…蓮は困ったように微笑する。
「お、お、おまっ、お前のその舌を一度でいいから引っこ抜きたぁーい!!!」
「一度でいいからって…舌は一個しかないんですけど…」
「それでたいした事ないって……それじゃ、それじゃあ、お前にとってのたいした事ってどんななのォ〜!?ふにゅうぅ〜(←泣き声)」
この問いに…蓮は一瞬、ピタリと動きを止めた。
小さく息をつき、微かに目を伏せると、
「俺は…別に言っても構いませんが…」
社の両肩に手を置き、真剣な表情でその顔を覗き込む。
「本っっ当ーーに聞きたいですか?」
「ううん!!ゴメン!!聞きたくない!!聞いた俺がとっても宇宙規模レベルのバカでしたぁぁ!!!」
首をぶんぶんと横に振っての即答!!
「聞いたら絶対に耳やられるよねっ!!明日朝一で耳鼻科行きだよね!!いや、精神病棟かな!?隔離患者!?いやぁぁぁーー!!俺は、明日も元気快適にマネージャー業を続けたいので聞きません!!」
「ええ。まったくもって賢明な判断です」
うん、うん、と蓮は妙〜に真面目こくった表情で頷き、
「さて、と…」
これで話も済んだとばかりに立ち上がると、
「それじゃあ、ちょっと行ってきますね」
爽やか〜な笑顔でスタスタとドアへと歩いて行く。
その最高級キュラキュラスマイルに、思わず『行ってらっしゃ〜いvv』と、新婚新妻よろしく片手を振り振りモードに突入しそうになった社であったが、
「って、ちょっと待てーーーーい!!!!」
すんでのところでハッと覚醒する。うう〜む、プロね。
「万人は騙せてもごく限られた一部の人間…俺やキョーコちゃんやもしくは社長とか?は騙されないぞぉ的なキラキラ笑顔浮かべてどこへ行くぅぅ!?」
「…随分説明的な台詞ですね。どこ、ってもちろん…」
手の内で既にくしゃくしゃになった雑誌を指差し、
「この、N氏とかいう命知らずの男のところです」
当然、といった顔で告げる蓮。
分かってはいたけどぉ!!もちろんこれに社が黙っているはずがないっ!!
「ダメだっ!!やめろ、蓮!!」
「止めないで下さい、社さん!!」
「いいや、止める!!お願いだから行かないでぇぇ」
別れ話を切り出された捨てないでぇ〜な女並みに、背後からガッシィと胴に手を巻き付け、社は涙ながらにを蓮を引き止めた。
「離して下さい、社さん。男には…男には、やらなくちゃいけない時があるんです!!!」
「いや、それ文字変換したら殺(ヤ)るだろ!?って、さっそく殺人!?ひぃぃぃ〜(涙)ダメだぁぁーー!!お前のマネージャーとして行かせるわけにはいかないんだよぉぉ!!てか、それ以前に人としてぇぇーー」
「ふ。心配しないで下さい」
「いや、心配なのはお前じゃなくて相手の男の生命ですっっ!!!」
「そんなヘマは…ばれるような真似はしませんよ(ニヤリ)」
「いや、だから違うし!!会話かみ合ってないし!!その笑みは…さてはプロだろ、お前!!つまりは暗殺者!?いつの間にぃ!?担当俳優はアっサシぃ〜ン!?って、違うしぃぃ!!お願いだからや〜め〜ろぉぉ〜(涙)」
死んでもこの手を離してたまるか!!なスッポン根性を見せる社であったが、しか〜し、だからといって、蓮もそう簡単に決意(てか殺意)を曲げるわけにはいかない。
「俺にこの男を見逃せって言うんですか!?最上さんと、あくまで死んでも認めたくないけどデート現場を目撃されたというこのありえないくらい羨ましいちょっと痛い目合わせるくらいじゃ済まないぞコラ死刑確定男を野放しにしろと!?」
「長いな、そのネーミング!!いや、お前の気持ちは分かるよ!!無自覚状態ですら、嫉妬独占欲丸出し〜だったっていうのに、自覚してからというもの、それはもう、しっつこいくらいに散々アプローチしまくって、ちまたのストーカーか!?的な行動をとってきたにも関わらず、未だに気持ちは通じてないし、冗談だと思われてるし、かわされ続けてるし、もしかしてお前って全然脈ナシなんじゃ…と、このさすがの俺ですらちょっぴり諦めモードになるくらいの態度を、ずぅーっとキョーコちゃんにとられてきたんだもんな、お前は!!」
「…(青筋)やけに長い上わざわざ無駄に無駄すぎるくらい的確な説明、ありがとうございます」
「うんうん、お前の気持ちは痛いくらいよぉーく分かるさ!!だけどな、だからといって犯罪を見過ごすわけにはいかないんだぁ!!」
「たとえ社さんの言葉でも、それを聞くわけにはいきません。というか、今のあなたの長々スピーチのせいで益々従う気ゼロです」
「なぜに!?どしてよ!?」
「…考える時間ならた〜っぷりあげますから、さっさと・この手を・離して・下さい」
極限大魔王スマイルぅで、社の心臓に念波を送る蓮であったが、さすがは機械クラッシャー男!!殺人的波動に不思議念波で対抗、防御をはかったぁ!!
「ぐぬぬぬ…。ダメだダメだ!!お、お前を行かせるわけにはいかないんだよぉ!!どうしても…どうしても行くと言うのなら…」
唇を噛み締め、社は一旦言葉を切ると、素早く蓮の前方へと廻りこみ、
「どうしても行くと言うのなら…、この俺を倒してからにしろーーーー!!!」
男・社倖一25歳、両手を広げ、決死の覚悟で体長190cm男の前へと立ちはだかったぁぁーー!!
凄まじい勇気、彼の背後には高波が絶好調でノリにノってます、BGMはたぶん演歌なはず!!
「や、社さん…」
「さぁ、どうする!?蓮」
ギラギラと戦意を漲らせる社に、蓮はしばし困惑し、やがて…やるせなさに小さなため息をついた。
「そこまで言うのなら……分かりました」
(あくまで数秒)苦悩した結果、せつなげな視線を向けてくる蓮に、社はホッと胸を撫で下ろした。
「そうか。分かってくれたか。お前ならきっとそう言ってくれると信じ…」
撫で下ろした──のも束の間、
「そこまで言うのなら、キッチリバッサリ片をつけてさしあげましょう」
にっこりと極上の笑みで、バキッボキッと拳を鳴らす蓮。
「…あ、あの〜?れ、蓮?何かな、その、いかにも腕がなるぜぇ!!的な準備万端な拳の存在は」
「ははは。大丈夫ですよ。すぐに終わらせてあげますから」
爽やか〜な笑顔でじりじりと距離を詰めてくる蓮に、社は早くも一転して逃げ腰モード突入、額に冷や汗を浮かべ、恐る恐る首を傾げた。
「あれ?せ、台詞が違うんじゃ…そこは、いかにも反省の色を浮かべて、『俺が果てしなく間違ってました。こんな有能かつ俺にとってかけがえのないマネージャーであるあなたを倒すだなんて…そんな事、俺には…俺には、到底できません!!』ってな感じでいく場面じゃないかな〜?」
エヘヘ、と誤魔化し笑いを浮かべる社。夢見すぎです。
そんな彼に、案の定、蓮はクスリと唇を歪めると、
「何を寝呆けた事を。あなたが言ったんでしょう?それはそれは勇猛果敢に『俺を倒してからにしろ』、とねぇ」
その勇気を無駄にはしませんよ、とばかりに微塵も遠慮する様子もな〜く一歩一歩近づいてくる蓮に、社は自分の激甘さを今更かよ!?的に深〜く呪った。今までの展開上、普通なら悟って当然の結果だというのに…。
「ちょーーっと、待ったぁぁ、蓮!!」
「残念ながら今は一秒でも時間が惜しいもので…」
「いや、マテまて待てぇぇい!!お、俺の話を聞くんだ!!」
「…長い付き合いのよしみで5秒さしあげましょう。4、3、2…」
「って、カウント早いから!!わぁーーっ、待った待ったぁ!!完全に前言撤回しまーーーす!!」
高らかな声と共に、社は両手を上げると、完全白旗、降伏のポーズをとった。そして、次いで口を開くなり、実に調子のいいマシンガントークを発揮させた。
「やっぱりさぁ、お前が怒るのも当然だよな。あのどこの誰だか知らないけどN氏とかいう男!?許せないよなぁ、お前が何ヵ月に渡って奮闘してみても、見事なまでに落とせる気配が微塵もないキョーコちゃんと、アッサリとツーショットで週刊誌デビューだもんなぁ。うんうん、お前がちょっぴり殺意を抱くのも頷けるよ!!もっともだ!!」
「……。まったくもってその通りなんですが…素直に同意しずらいコメントですね。さっきからわざとやってません?あなた」
憮然とした表情で疑惑を向けてくる蓮を、社はアッサリとスルー。
「つまりだな、確かに、ほんの少〜しは痛い目に合わすべきだよなぁ、というお前の意向に、俺は快く同意を示そうじゃないか!!」
「いや、ほんの少〜しじゃ済まないんですけど…」
「(スルー)だからぶっちゃけ結論何が言いたいのかといえばだなぁ、別に俺を倒さなくてもいいからねvvという事だっっ!!!」

男・社倖一25歳、決死の覚悟はもって1分でしたvv
そりゃあ、人間、自分が一番可愛いさ!!しかも賭け金・命単位のギャンブラー精神なんぞ、普通に考えてあってたまるかーーい、と心の内で申してる模様。

「ふぅ…やれやれ。あなたも所詮人の子ですねぇ」
「いや、そんなしみじみ言わなくても俺は明らかに人の子ダヨ!!お前は魔王の子かもだけど!!」




───とまぁ、実に見事なまでにアッサリと自分の意見を翻し、命惜しさに一見、魔王な蓮に同意を示すかのように思われた社であったが、しかーし、彼にはまだ残された最後の秘策があったのだ。というか、たった今それを思いついたところである。


「それじゃあ、今度こそ話は済みましたね。では、さっそくこの男の元へ挨拶に行って来ますよ」

彼流のこだわりなのか?完全なる殺害意志をあくまで『挨拶』と強調させる蓮は、それこそさっそく、控え室を後にしようとドアノブに手をかける。
そして正にその瞬間、社の瞳にキラーンと妖しげな光が走った。

「ちょっと待て、蓮」

制止の言葉と共に、背後から肩に手を置かれ、蓮はさすがに少しうんざりしたように首を後ろに向けた。
「何ですか、社さん。まだ止める気ですか?」
多少苛立ちの籠もった声音に、しかし社はアッサリと首を横に振る。
「いいや。もう、お前を止めようだなんて思ってないさ(明らかに無駄だしな)。ただ…な、そのどこぞの馬の骨を排除するより先に、お前にはやるべき事があるんじゃないのか?」

「やるべき事…?」

殺(ヤ)る以外に?と、蓮は不思議そうに首を傾げ、
「次の収録には、まだ一時間近く余裕があるでしょう?それだけあれば十分カタをつけて戻って来れますけど…」
「い、いや、そうじゃなくてだなぁ。仕事の事じゃなくて…」
社はふぅ、とため息をつくと、蓮の右手に視線を移した。正確に言えば、その右手に持ったくしゃくしゃの雑誌に、だ。
「お前さぁ、その…キョーコちゃんのスキャンダル記事、本当に事実だと思ってるのか?」
「まさかっ!!」
蓮は瞬時に否定する。
「こんなの信じるわけないじゃないですか!!いや、信じたくない、というのもありますけど…。そうじゃなくとも、明らかに100%ガセに決まってます。根が素直でお人好しのあの子の事です、相手の男にうまく乗せられたか言いくるめられたかしたんでしょうね。まったく…自分の魅力というものを、未だ恐ろしいまでに理解していない子ですから、彼女は。自分に好意を持つ男なんかいるはずがないと、勝手に思い込んでるんですよ。それこそ、欝陶しいくらいゴロゴロいるっていうのに…」
言いながら、天性の鈍さを誇る愛しい少女の事を思い浮べ、蓮は困ったようなため息をつく。
「まぁ、警戒心ゼロでそのペテン俳優といる所を、運悪くカメラに撮られた、といった感じでしょうね」
まったく忌々しい、とばかりに、相手の男への怒りを籠めて、内心で舌打ちする。
一方の社も、これを聞くなり妙〜にしみじみと頷いていた。
「うんうん、俺も全面的にお前の意見に同感だ。キョーコちゃんもなぁ…しっかりした子だし、ちゃんと自分というものを持ってるから、流されやすいタイプではないんだろうけど…。ただ、人を…特に男を惹きつける自分の魅力と恋愛に関しては、かなり鈍感なところがあるからなぁ…」
「そうなんですよね〜」
「でもな、蓮。そこまで分かってるなら話は早いだろ?この記事が、お前の思う通り事実無根だっていうんなら、キョーコちゃんにとっても…このスキャンダルは、意にそぐわない展開って事になるよな?」
「そんなの当然じゃないですか!!」
そうに決まってます、と憮然とした口調で告げてくる蓮に、社は満足気な表情を向けた。
「だったら尚更、こんなどこぞの馬の骨を相手にしてるより先に、キョーコちゃん自身に事の真意を確かめた方がいいんじゃないか?第一、初めてスキャンダル記事が…それもガセネタが週刊誌に掲載されて、キョーコちゃんだって落ち込んでるかもしれないぞ」
この、社の言葉に、蓮はハッとしたように顔を上げた。
「社さん…あなた…さすが無駄に長くは生きてないですね!!いいトコついてます!!」
「ちょい待ち!!それって誉め言葉として受け取っていいの!?」
「それ以外の何と?」
「ふ。耐えろ俺!!寛大な心を持つんだ!!」
「そうですよね、まずは最上さんの事を第一に考えるのが先決でした」
社の一人芝居を無視して満面の笑顔を浮かべると、
「それじゃあ、さっそく、彼女の所へ行ってきますね」
今度こそ、蓮はドアを開けた。
「って、お前、キョーコちゃんが今どこにいるか知ってるのか?」
「当然です。彼女のスケジュールは完全に把握してますから」
「ううっ、愚問でした。マネージャーのような奴めぇ!!」
「大体、どこにいるも何も、今なら最上さんもこの局にいるはずですよ。この時間帯ならちょうど…Kスタで収録しているはずですね。ああ、それもそろそろ終わる頃かな」
「さっすが〜!!よっ、ストーカー日本一!!」
「……何て呼び掛けするんですか、あなたは。そろそろ大目に見てやれませんよ(にっこり)」
「ごめん!!ちょっと調子づいてましたぁぁ!!」
「よし、許そう」
「へへぇぇ〜(平伏)」

所詮、彼らの力関係はこんな感じです。
それでも、何とか蓮の『馬の骨殺害計画』から目を逸らす事に成功したのだ。
社はハンカチで冷や汗を拭いながらも、無理矢理笑顔をつくった。
「じゃ、じゃあ、早くキョーコちゃんの所へ行ってやれ(というかさっさと行ってくれ)。ただ、仕事の時間までには戻ってこいよ?」
「ええ、分かってます」

ガチャリ

爽やかな微笑みを社へと向けながら、
「あの男を殺(ヤ)るのは、後からでも遅くはないですもんね」

バタン

……言うだけ言って、蓮は控え室を後にした。



一人残された社はといえば…まるで悟りを開いた修業僧のごとく、仏のような顔つきで固まっていた。


トレードマークのメガネは、既に濡れきっていた…。








◆◆◆◆

《〜三日後〜》

事務所の廊下を歩きながら、社はおもむろに口を開いた。
「なぁ、蓮……ちょっと聞きたい事があるんだけど…」
「何ですか、改まって」
妙におそるおそる、といった社のその様子に、蓮はきょとんと首を傾げた。
「いや〜…ずっと気になってたんだけど、何とな〜く怖いし、自分の首絞めかねないかもだし、また泣きすぎて視界が狭まるくらい目が腫れあがるのも嫌だしさ〜…」
「だから何ですか。回りくどいですね」
「でもやっぱり気になるから勇気を振り絞って聞くけど、この間……あの後、お前、キョーコちゃんにちゃんと確かめたのか?」
この言葉に、蓮は数秒考え込んだのち、
「…ああ、なんだ。その事ですか」
やっと思い当たった、とばかりにポムッと手を打った。
「ええ。もちろんちゃんと聞きましたよ。…で、やっぱりあの記事はガセでした」
これには、社もホッと胸を撫で下ろした。
「そうかっ!!だよな〜。やっぱそうに決まってるよな〜」
「まぁ、俺はもともとあんな記事、最初から信じてませんでしたけどね」

「………………。。」

あんっなに散々、暗殺業出動開始!!ばりに大騒ぎしといてどの口がそんな事を言うんだコラーーーー!!!!と、叫んでやりたくなったが、社はそれを心の内で思うだけに留めておいた。
泣かされたくないし…。大人の余裕ってやつさっ☆

「そ、そうだなιまぁ、よかったじゃないか。でも、そもそもどうしてあんなツーショット写真が掲載される事になっちゃったんだ?」
「ああ…何でも、あの写真が撮られた場所っていうのが、ドラマの撮影現場の近くだったらしいんです。ちょうど休憩時間に色んな店を回っている所を、カメラに撮られたみたいで…。でもその時、別にあの男と二人きりだったわけじゃなく(強調)、他にも何人かの共演者やスタッフと一緒だったらしいです」
「なる程ね〜。で、たまたま、その噂になった男と隣合わせのアングルを撮られた、ってわけか」
「ええ、そうらしいです。ただ…」
蓮はそこで一旦言葉を切ると、ため息をもらし、不機嫌そうに眉根を寄せた。
「ただ、あの男が最上さんに気がある、という事は間違いないみたいですね」
この言葉に、社は目を見開いた。
「ええっ!?何で…キョーコちゃんがそう言ったのか!?」
「まさか。彼女はまったく気付いてませんよ。ただ、彼女の話を聞いてて、俺がそう感カたんです」
「ど、どうして…?」
蓮は無意識に舌打ちをしながら、苦々しげに話し始めた。
「何でも、あの男、立ち寄った店で…ちょうど雑誌に載った店でですね。最上さんに頼んだらしいんですよ。『妹の誕生日プレゼントを選ぶのを手伝ってくれないか』ってね」
「………は?」
社は会話の真意がつかめず、不思議そうに首を傾げた。
「そ、それが…?何でそれでキョーコちゃんに気があるって分かるんだ?別に深い意味なんてないんじゃ…」
「ふぅ。何を甘い事を。ミエミエの手じゃないですか。それを口実に会話の糸口を掴んで、ちゃっかり二人の時間を作る。ついでに妹思いな自分をしっかりアピール!!的な!!」
「お前はどこぞの三流妄想家か!!」
「失礼な。第一、本当は彼には妹なんていないんですよ!?」
徐々に怒りのボルテージを上昇させる蓮に、社は冷や汗を流しながらビクビクと体を揺らしていたが、この台詞には驚きを隠せなかった。
「はぁ!?何だって!?」
「だから、最上さんに近づく口実で嘘をついたって事ですよ!!もちろん彼女は全然疑ってなかったみたいですけど」
「いや、それより、どうしてお前がそんな事…その男の家族構成まで知ってるんだよ!?」
そう、一番のポイントはそこダヨ!!
「そんなの…あの雑誌を見た瞬間に、相手の男の事は隅から隅まで調べ尽くしましたよ」
言いながら、当然、といった顔で携帯を手に見せてくる。
「さ、さすが…。ああ、携帯インターネットでか」
「まぁ、それで調べ足りない所は、某局に電話して綿密な情報を取り寄せ…」
「某局!?どこそれ!?てか、明らかに国家レベルの息がかかったトコだろぉぉ!!お前ほんとに何者!?いや、とりあえず魔王なのは知ってるけどぉ!!」
「そこから、あの男に関するありとあらゆる情報…生年月日、血液型、家族構成などはもちろんの事、出生から現在に至るまでの壮大なメモリアルを数十枚にわたるファックスで取り寄せましたよ。…ふ」
「いや、『ふ』じゃないから!!んな不敵に笑われても俺泣いちゃうぅぅ!!てか、ほんとに何者…(涙)」
「(スルー)まったくあの男…どうしてくれようか…」
「いや、とりあえず息の根止めるのはやめといた方がいいんじゃ…ι」
「もちろんです。息の根を止めるくらいじゃ、俺の気が治まりませんよ」
「って、それ以上ってあるの!?そぉじゃなくてぇぇ!!だって、死んだら人間終わりじゃん!?」
「もっと、こう…死してなお苦しみ悶えるみたいな…」
「ののの呪い系!?呪術系!?迷わず成仏させてやれよぉぉ…って違くて!!とうとうソッチの道まで手ェ出しちゃいます!?マネージャーとして大反対ですぅぅぅ〜〜(大泣)」

泣きながらすがりついてくる社もなんのその、もはや犯罪者レベルを越え、凶悪化したイタコ並みの策略を練り出した蓮は、不穏な言葉の数々を呟きながらもスタスタ〜と歩いていく。
結果、

ズルズルズル…

すがりついたままの社は、そのまま、運送されちゃうの俺!?のごとく、蓮に引きずられる形に…。

(お、俺って…何なんだろ…。何かもう、田舎に帰ろっかな…)

とかなんとか、風邪ひいた時に実家の人呼べるくらいだから田舎っていっても都内なんじゃ…?的ツッ込みは置いといて、哀愁漂う面持ちで遠〜い目をし出した社に、
その時───

「…あっ」

涙で霞んだ瞳に、前方からやってくる一人の少女の姿が映し出された。
「おい、蓮っ!!キョーコちゃんだぞ!!」
ちょっぴりいじけモードだったとは言え、さすが下僕体質な忠実マネージャー・社!!いち早くご主人様にお知らせせねば…!!と、隣を見上げてみると…

……ああ、もう砂吐きそうです(涙)

そこにいたのは、それはもう、甘〜い、神々しさ全開な笑顔で前方を見つめる蓮の姿。
その五感は、もはやキョーコ以外の人間になどは向けられない模様ネ☆


「最上さんっ」
さっそくとばかりに、嬉々とした声で呼び掛けた蓮に、

「…え?」

やっと気付いたのか、キョーコもふいとこちらへと顔を向け───瞬間、

「げ・えっ!?」

それはそれは見事に表情を歪ませた。

「つつつ敦っ敦賀さんーーー!?」
「…何かな?その慌て様は(にっこり)」
キュラキュラエセ紳士スマイルの全輝きを駆使して近づいてくる蓮に、キョーコは顔を真っ赤にして退いた。
「ちっ、近寄らないで下さいーーー///」
「ははは。それは無理だなぁ。それに…どうしてわざわざ、首元の隠れる服なんか着てるんだい?」
「なななっ…///」
この言葉に、キョーコの顔がますます沸騰する。
そんな様子に、蓮はクスクスと笑いながら、
「せっかくこの間、俺のモノってマーキングしといたのに」
アッサリと真実を口にする。
「つ、敦賀さんのバカバカーーー!!な、何であんな事オたんですかぁっ///」
「だから言っただろう?君が、男に対しての警戒心があまりになさすぎるからだよ」
にーっこりと満面の微笑みを振りかざす蓮を、キョーコは涙目になりがらキッと睨み付けた。
「おっ///おかげさまで、十〜分警戒心がつきましたよっ!!」
「そう。それはよかった。…それじゃあ、これからは、やたら素直に他の男には近寄らな…」
「もう、絶ぇーっ対、『敦賀さん』には近寄らないんだからぁぁぁぁーーーーー///!!!」
そう叫ぶなり、キョーコは脱兎のごとく猛スピードで立ち去っていった…。






後に残された蓮はといえば───

「…………え?」

訳が分からない、といった顔つきで、ポカ〜ンとその場に佇んでいた。

(……え?『敦賀さんには』?…え?……俺!?)

キョーコの言葉を頭で反芻させながら、いよいよ困惑し出した…そんな彼に、
「おい、蓮…ι」
社は呆れた顔つきで、ポンッと肩に手を置いた。
「お前…一体、キョーコちゃんに何をやらかしたんだ?」
「何、って…」
未だボーゼンとしたまま、しかし何の事はない、と蓮は有りのままを述べる。
「この間…あの雑誌の件で話を聞いていた時、あの子があまりに、男というものに対して、警戒心のなさすぎる発言をいちいちするもんですから…」
言いながらスッと首筋を指差し、
「ちょっと男への警戒心を植え付けてあげたんですよ。まぁ、あとは男よけとして」
ケロリと言い放つ蓮に、やっぱりか!!と、社は頭をかかえた。
「あ、あのなぁ、蓮!!お前のやった事は、ちょっとかなりどーかと俺は思うけどぉ、百歩譲って悪くない事だとしよう!!悪くない事だとしてだなぁ、でもな。お前、それって…」
はぁ、とため息をもらしつつ、
「それって、『男』への警戒心を植え付けたっていうより、『お前』への警戒心を植え付けちゃっただけなんじゃ…」
それなりに命懸けで、社、真実を吐いちゃったぁ★


…で。しばらくお待ち下さい♪

 5

 ↓

 4

 ↓

 3

 ↓

 2

 ↓

 1
 :
 :


「……(ハッ!!!!)」

「いや、今更そんなハッとしましたぁ!!的な顔しても遅いから!!」
「って事は何ですか!?まさか彼女は『俺のみ』に警戒心を抱いてしまった、って事ですか!?」
「あの反応を見るからに、間違いないだろうな〜。お前も何でだか…普段は信じられないくらい策士策略お手のもの〜な腹黒魔王を副業としてるくせに、変なトコで爪が甘いよなぁ〜」
なぜかしみじみ〜と呟く社の声も、しかし今の蓮には聞こえていなかった。
「いや、まさか…最上さんがそこまで鈍感だとは…フ゛ツフ゛ツ……ど、どうしましょう、社さん!!」
「いや、どうしましょう、って言われても…ιう〜ん、まぁ、ほとぼりが冷めるまで待つしかないんじゃ…」
「そんなぁ〜〜っ」
「いや、そんなちょっぴり可愛く言われてもぉ!!」
はぁ、とため息をつきながら、社はチラリと時計を見やる。
「…次は富士へ移動。有余は10分」
「ありがとうございます!!」
「駐車場で待ってるからなぁ〜」

既に愛しの少女の後を追いかけ出した蓮。その背中へと、そう声をかけたが……、
聞こえていたかどうかは定かではない…カナリねι





(はぁぁぁ〜〜〜…)

社は、幸せが根こそぎ逃げ出すような(てか既に逃げ出し済みだよね☆)ため息を延々と吐き出した。





マネージャーとは、こんなお仕事である。


いや、『恋に目覚めた敦賀蓮』のマネージャーとは、こんなお仕事なのである…。












「うっ…胃が…ぁ…」









END

こちらはスキビサイト『紫紺月夜』様の月葉様が、当サイト2万hitへのお祝いにくださった作品ですv

自覚後の蓮様に振り回される社さんに涙が……っ(笑) ←笑ってどうする
社さんの勇気(無謀?)とその見事なまでの手のひら返しに、思わず土下座して拝み倒したくなりましたね!マネージャーのお仕事とは、かくも厳しいものなのか…(違)
蓮様も、ちょっぴり計算外の結果になって大慌てですね(笑)

月葉様…1万hitに続き、今回まで……本当に、ほんっとぉぉぉに感謝感激です!ありがとうございましたーーー!