黒い人





――キョーコが地獄体験(45kgの荷物運搬)をしている頃、撮影ロケ現場ではスタッフや共演者など、関係者達が瑠璃子の到着を待っていた。

その中には、監督である新開誠士と脚本家である飛鳥碧の姿もある。





【新開誠士(34歳)】
作品へのこだわりと才気に満ちた、完成されている映画製作をする監督ということで、映画界ではその若さにして名監督と呼ばれている。

【飛鳥碧(23歳)】
若干18歳にして小説家デビューを果たした彼女は、恋愛小説から推理小説まで幅広い分野を手がけており、巧みな文章とオリジナリティ溢れるストーリーが高く評価されている。
一年ほど前からは脚本家の仕事も手がけるようになったのだが、人当たりの良い性格と美しい容姿から、この業界でも地位を確立しつつある人気作家だ。





二人はセットの一部を無断借用して、ティータイムを楽しんでいた。

「いや〜悪いねェ、碧ちゃん♪」
「いいですよ、紅茶を淹れるくらい。
あ、皆さんも飲みます?クッキーも焼きましたからどうぞ?」
「わぁ!いいんですか?」
「さすが飛鳥さん、優しいですねぇ」
「美味しそうな匂いだと思ってたんですよ〜」

碧が近くにいた数人のスタッフ達にも声をかけると、彼らは嬉しそうな表情をして集まってきた。
その彼らに、彼女は聖母のように微笑みかける。

「遠慮せずに食べてくださいね?(どっかのアホが来ないせいで)時間が(もったいないくらい)あったんで、(この怒りを沈めるために)たくさん作っちゃったんですよ」
「そうですか?じゃあいただきます」





スタッフ諸君をも巻き込んだティータイムを過ごす中、新開と碧は少し離れたところに腰をかけていた。

「…………相変わらずの猫被りだねェ」
失礼な。『処世術に長けている』と言ってください。
それに猫なんて被ってませんよ?本人以外に毒吐いても仕方ないと思ってるだけですからv」
「ははははっ、そりゃ違いない」
「そうでしょう?自分でも本人が来たときに何しでかすかわからないんで、楽しみなんですよvv
おお、そりゃ楽しみだな♪でもクランクインせにゃならんから、程々にしといてくれよ?」
断言はできませんけどって言うか絶対無理だけど頑張りますv」
「……にしても、よくその性格で恋愛小説なんて書けるな?」
「あら、おちゃらけた性格のクセに仕事には厳しい貴方にだけは言われたくありませんけど?」
「はっはっはっ♪仕事への厳しさは人のこと言えんだろ?」
「当たり前じゃないですか。作家にとって、自分の書いた作品は子供のようなものなんですよ?それをいい加減な扱いしやがる愚者に対して毒を吐くくらい、許されると思いません?」(にっこりv)
「それについては賛同しよう。」(にこ♪)


……などと恐ろしい会話がされているなんてことは露ほども知らず、遠目には笑顔で仲良く談笑している二人を見ていたスタッフ達は、

「仲良いよなー、監督と飛鳥さん」
「ほんとにね」
「顔合わせしたときからお互いに気が合ったらしいよ?」
「やっぱり、仕事に対する姿勢が一緒だからじゃないか?」

という見当違いな推測を繰り広げていた。


確かにあの二人は仲が良い。年は一回りも違うが、友人のような関係を築き上げている。それに、仕事に対する姿勢が同じというのも正しい。
――しかし、気が合ったのはお互いが腹黒だからというのが真実であったりする。










お菓子が全てお腹に収まってからしばらくして、スタッフの一人が声を上げた。

「監督ーー!瑠璃子ちゃん、来ましたーーーー!!」
「……そうか」

通路でスタッフと今後の予定を話し合っていた新開は、一言だけ言葉を返すとまた話を再開した。
そして数分後……


「――初めまして、松内瑠璃子です。
お待たせしてすみませんでした。今日からよろしくお願いします」(ペコ)
「…ああ……よろしく…」

挨拶に来た瑠璃子に対し、新開は必要最低限の応答をした。その心中は――

(ん〜ここで何か一言言ってもいいんだけどなぁ……絶対に碧ちゃんから毒吐かれるわけだし、そっとしといてやるか?)

「それじゃあ瑠璃子ちゃん、こっちへどうぞ。衣装に着がえて下さい」
「あ、はいっ。それでは監督、失礼します」

女性スタッフに促がされ、新開にお辞儀をしてから瑠璃子は去って行った。
それを見ていた、新開と話していた男性スタッフは、

「…なんだ…話に聞くよりいい子じゃないですか……ねぇ監督?」

と意外そうに言う。それに対して新開は無言で瑠璃子の背中を見つめ、

(おやおや。よりにもよって碧ちゃんがいる方に向かっちゃったか……どんな毒を吐くのか見てみたいけど、彼女が来たからにはクランクインの準備をしないとな。
……ま、頑張れよ〜瑠璃♪

なんて本気で励ましてない激励を、真面目顔で送っていたのだった……







一方、女性スタッフと会話をしながら衣装室に向かっていた瑠璃子は――

「……飛鳥さん?どうなさったんですか、こんなところで」
「あ、使わせてもらった食器とか、片付けて来たんですよ。お菓子を作ったのはホテルでしたから、そんなに時間は掛かりませんでしたけどね」

碧に遭遇していた。

「飛鳥さん……?って、脚本家の?」
「そうよ、瑠璃子ちゃん。こちらが今回の映画の脚本を書いた、飛鳥碧さん」
「………………(瑠璃子……?へぇ…この子が……)」
「………………き、綺麗な方ですね…しかも凄いプロポーション…………肌も白いし、女優の方かと思いました……」
「でしょうっ?こんなに綺麗なのに、誰に対しても優しくてみんなの憧れなのよ!」


初めて彼女を見た瑠璃子は、想像していた人物像と容姿がかけ離れていたため驚きを隠せないでいる。「美白」を売りにするだけあってそのことを自負している瑠璃子が見ても、碧の肌は綺麗なものだった。
スタッフの女性も何故か力説している。

その様子を不気味なくらい静かに見守っていた碧だが、不意に神々しい微笑みを浮かべた。


「二人してどこへ?」
「今から衣装室へ行くところです」
「うーん……先に控えに行って、冷たい飲み物でも飲んだ方がいいんじゃないですか?着いたばかりだと喉も渇いてるでしょうし」
「あ、そうですね。じゃあ瑠璃子ちゃん、一緒に……」
「彼女は私が案内しますよ。顔合わせもしてませんから、それも兼ねて」
「そうですか……?それではお願いしますね」

碧の建前に気付かない女性スタッフは、素直に瑠璃子を彼女に預け一人控え室へと向かう。
それを確認してから、碧は改めて瑠璃子を見下ろした。

「初めまして、瑠璃子ちゃん。脚本を書かせてもらった、飛鳥碧です」
「あ、初めまして。松内瑠璃子です。お待たせしてすみませんでした。きょ「ホントにね」うから………………え?」
「だから、ホントに遅いわね」(にこv)

いきなり吐かれた毒に、瑠璃子はしばし呆然。しかし、だからと言って碧が言葉を止める理由はない。
「歩きながら話しましょうか」と控え室向けて歩を進める。慌てて瑠璃子もその後を付いて行った。


「已むを得ない用事でなら別にいいんだけど、昨日来なかった理由……確か『特注日よけパラソル』が間に合わなかったからだって聞いたんだけど?」
「そ、それが何か!?売りの美白――芸能(スター)生命を守るためですっ」
「美白……?ああ、そう言えばそんな話も聞いたような……」

芸能人に興味のない碧は、瑠璃子のことも今回知ったくらいだ。スタッフ達の誰かがそんな話をしていたな、と思い出す。

「そうです!だか」
「それにしても、ほんの少しの紫外線浴びたくらいで崩れる美白なんて気の毒通り越して憐れね」
「っ!?」
「て言うか、貴女が日焼けしようがしまいが、私達には関係ないのよね。一度引き受けたからには、それくらいの覚悟をして来なさい」
「そ、それは」
「プロ意識を口にするんなら私用で関係者に迷惑かけるんじゃないわよ。その時点でプロ失格だってわからないの?」
「ちょっ」
「あ、そうか。その程度のこともわからない知能指数しかないのね?だとしたら悪いこと言ったわ。ゴメンナサイ?」
「な…な……っ」
――いいこと?アイドルだからって、もし無様な演技でもしてみなさい?涙が枯れ果てても搾り出してやるくらいの恐怖を味あわせてあげるからv」(にっこりvv)


最後のセリフを口にしているときの碧――微笑んでいるのに背筋が凍りつきそうになる表情――を見た瑠璃子は、思わず固まってしまった。


「(まだまだ言い足りないけどこれ以上言うと新開さんとの約束破っちゃうし……)
さぁ瑠璃子ちゃん、控え室はそこの右手にある部屋よ。ちゃんと水分補給してね?私は監督のところに戻るから」

今度は裏のない普通の笑顔を向けて「じゃあね」と言った後、碧は新開の下へと向かった。







その場に残された瑠璃子は、先に控え室で待っていた女性に声をかけられるまで固まっていたとか……










ふふふ……全体的に黒いですvしかもキョーコちゃんも蓮様も出ていません(爆)

今回は飛鳥碧さんのお話です。つまり、成長した明日香さん。……黒過ぎ?
でも仕事に厳しい人にしたら、瑠璃子ちゃんの行動は許されませんよね?ってことでああなりました♪

次回でやっと二人は運命の出会いを果たします(笑)



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