撮影開始





「キョーちゃん…ごめんなさいね?わざわざ(ショックのあまり思わず社さんの息の根を止めてやろうかと思ったくらい)他人のフリをしてたのに……」

明日香が「キョーちゃん!」と親しげに呼びかけ?てしまったため、結局二人が知り合いだということがバレてしまった。
慌てるキョーコの隣で、明日香が落ち着き払った態度で「業界に入ってからの知り合い」と新開と蓮に言っていたように伝えたため、そういうことになったのだ。

申し訳なさそうにする明日香にキョーコは手を振りながら、

「ううんっ、気にしないでっ。それより撮影始まってるみたいだし、明日――飛鳥さんも行かなきゃいけないんじゃない?」
「それはそうなんだけど……足、大丈夫?社さんから聞いた話だと、病院に行くのを断ったって……」
「あ…それはそのぉ……(あのときは『瑠璃子ちゃんを守らなきゃ!』なんて…今考えるとアホらしいことを思ってたから……)」
「何なら、今からでも連れて行ってもらいなさい?社さんには私から頼むから。ね?」

言いよどむキョーコに、明日香は心配げにそう打診した。しかし、キョーコは「なぜそこまで?」というくらいきっぱりと断る。

「いやいや結構!これ以上迷惑をかけられないし!」
「迷惑だなんて誰も思わないわよ?(思ったヤツは殺スv)
「いやほんとにいいから!あ、そうだ!私、飛鳥さんの仕事を見てみたいしっ」

苦し紛れに出したその言葉を聴いた瞬間、さっきまでの憂い顔はどこへいったのやら。まるで小さな子供が褒められたときのように、嬉しそうな笑顔を浮かべる明日香。その笑顔は、思わず「よしよしv」と頭を撫でてあげたくなるくらい可愛らしい。

「そう?だったら頑張らなきゃねv」
「え、あ、うん…///(明日香ちゃん…その笑顔は可愛すぎるわ……///)
「でも、無理してはダメよ?痛くなったらいつでも言いなさい」

それには頷くことで意思を表すと、明日香は満足げに「よしv」と言い、新開の元へと向かった。
その後ろ姿を見送った後、キョーコは一気に肩を落とす。

(……はぁ(汗) せっかくピュアな私を取り戻せそうだったのに……)

先程の瑠璃子とのやり取りを思い出し、塞ぎこんでしまう。

(――でも、それだって仕方ないわよね――――……だって、理想のプリンセスだと思ってたらとんだ傲慢女王(クイーン)だったんだもの……やっぱりおとぎ話のお姫様はおとぎ話の中でしか生きられないのよ…)


「…お嬢さん。お座りになりませんか……?」
「は?」

いきなりかけられた声に、顔をあげて相手を確認する。いや、声から相手が誰だかわかっていたが、その内容が理解できなかったのだ。
蓮が静かに横に置いたパイプいすを目にして、その意図を知る。ようは「それに座れ」ということなのだろう。
しかしキョーコはそれを断り、不審そうな目を蓮に向けた。

「どうして優しくするんですか!?(私の事嫌いなくせに!!)」
「おや…?人間、怪我人と病人には無条件に優しくできないか?」

意外そうに返ってきた言葉を反芻し、納得してしまう。確かに、弱っている人をみたら手を差し伸べてしまうものだろう。よほどの鬼畜でない限り。
だが、キョーコにとって問題はそこではない。激しくかぶりを振って、そっと蓮のそばから離れる。

「あなたが私のそばにいると、また瑠璃子ちゃんがヒステリー起こすでしょうっ!(ただでさえ明日香ちゃんとのことでヒステリーに磨きがかかってるのにっ)めんどくさいし、ヤな思いするの私なんだからっ。離れて下さ」
「もーーーーーー!!」

ビクーーーッ


突然上がった瑠璃子の怒声に「もう見つかってヒステリーを起こしたの!?」と身を強張らせたが、その後に続く「またやり直しーー!?」という言葉から撮影のことだとわかる。
そちらに目を向けると、肩を怒らせて新開に食って掛かっている瑠璃子がいた。

「登場するだけなのに何回やり直すの!?」
「ちゃんと俺の理想通りにできるまで」

喚き散らす瑠璃子とは対照的に、新開は冷静に答える。その表情は真剣だ。
その隣には、腕を組んだまま片手を顎に置いた体勢で佇む明日香。

「言っただろ。君は旧家のお嬢様だ。指の先までそれを意識して立ち振るまってくれないと」
「だから言われた通りにやってるわ!!」
「違うね。まだ素の君が着物着て歩いてるだけだ」
「……っ」
「――監督。私もちょっといいですか?」
「ん?ああ、どうぞ」
「どうも。……台本ちゃんと読んだの?あなた」

唇を噛みしめ、眉間に皺を寄せた表情で新開を睨みつける瑠璃子に、明日香は冷たい声を投げかけた。それに呼応するかのように瑠璃子は明日香に視線を移し、

「失礼ねっ!読んだわよっ」
「あらそう?なら日本語が理解できないのね」
「何ですってーーーっ!?」(ギロリ)
「だってそうでしょう?『旧家の人間の振るまい』なんて若い子ができるとは思えないから、台本に書いておいたはずよ。それを読んでいたなら、さっきみたいな演技はしないはずでしょう?できてない以前に、心掛けていないじゃない」
「それは…っ」

他の監督ならいざ知らず、「こだわり」の新開ならちょっとした動作にもダメ出しすると踏んでいた明日香は、瑠璃子の台本にだけその動作を書き足しておいたのだ。プロの役者なら台本の中に知らないことがあれば事前に調べておくものだが、素人の上に我侭放題な彼女にそれを期待するだけ無駄というもの。
そこで明日香なりの気遣いをしたのだが、それもしっかり無駄だったようだ。


言葉につまった瑠璃子に、新開は「旧家のお嬢様」の振る舞いを彼の口からレクチャーする。

「もう一度初めから。いいか?立つ時は背筋のばして、顎を少し引く。身体の重心が頭の天頂部と足のまん中を通る様に」

それは、明日香が彼女の台本に書いておいたものと全く同じセリフだった。だというのに大人しく聞いているということは、やはり台本をきちんと読んでいなかったのだろう。







新開の言葉を聞いていたキョーコの脳裏には、幼い頃の自分とショータローの母が浮かんでいた。
老舗旅館だけあって、仲居の立ち居振る舞いも旅館の評判に繋がる。それを手伝っていたキョーコは女将さんから「基本姿勢」について繰返し教わっていた。それこそ、無意識のうちにそう振舞うくらいに……


物思いにふけっていたキョーコは気づいていなかった。
同じく新開の言葉を聞いていた蓮の視線が、キョーコの姿を捕らえていたことに。


「もーー嫌ーー!!」

説明しながら姿勢を正そうと近寄ってきた新開の手を払いのけ、瑠璃子は癇癪を起こした。眉間に皺を寄せる彼に向かって、さらに金切り声を上げる。

「何度やっても監督はOK出してくれる気なんかないくせに!!」
「何…!?」
「監督は私の事嫌いだからそうやって私をいじめてるのよ!!私は演技なんか素人なのよ!!俳優みたいにできる訳ないじゃない!!」
「……だから台本に細かく書いておいてあげたでしょうに…」

やれやれ、と呟いた声が届いたのだろう。瑠璃子はキッと明日香を睨みつけた。

「飛鳥さんだってそう!私の事が気に入らないから最初から私に冷たかったんだわっ!ずっと見てたけど私以外の人には優しく接してるじゃない!!」
「――何を言い出すかと思えば……(自分のことを棚に上げて何ほざいてやがんだクソガキ(怒) あんたがまともな神経使ってたら私も毒吐かないわよ、面倒くさい
「私、こんな仕事降りる!!」


…ザワ…ッ

その一言に、スタッフの間からざわめきと動揺が走る。(新開と蓮の表情はピクリとも動かなかったが)
対照的に、キョーコと明日香の瞳は、スゥ――と細められていく。特に明日香の額には、まごうことなき青筋が。


それに気づかず、瑠璃子は腕を組んで高圧的な態度をとる。

「同じ素人でいいんなら私じゃなくてもいいじゃない!!…そうね。あの子なんかいいんじゃない?点数(ポイント)稼ぐためなら、なんでもするわよ!!(私がいなくなってみんな困ればいいのよ!困ってもう一度、直にお願いしてくれば考え直してあげる!!)」

どこまでも高飛車なその態度。完全に天狗になっている。
――いい加減、我慢の限界が近いのだろう。明日香の背中からはドス黒いオーラがとぐろを巻き始めていた。(それでもキョーコに無視されたときよりはマシ)

「それに飛鳥さんにはそっちの方がいいでしょ?あの子、飛鳥さんのお気に入りみたいだ(スコーンッ)……っ!?」
「「「!?」」」

明日香の堪忍袋の緒が切れる直前、キョーコの手刀が瑠璃子の鼻先を掠めた。
すんでのところで仰け反りかわした瑠璃子は、信じられないものを見るような瞳でキョーコを見つめる。新開と蓮を含めたスタッフ一同もまた、呆気に取られた表情でキョーコがへし折ったと思われる瑠璃子の天狗っ鼻に目を向けていた。

(…………キョーちゃん……ステキよvv)

……彼女は放っておこう。(むしろツッこまないであげて下サイ)


「………貴女の言う通りね……あのくらいなら私にもできそうだわ」
「…なっ!?」

事も無げに言い切ったキョーコに、瑠璃子は頭に血をのぼらせる。
それをどうでもいいように見つめ、

「貴女が折角くれたデビューのチャンス――その芸能界への招待状。私、いただくわ」

細めた瞳が獲物を狙う瞳になったと同時に、キョーコの周りでは解放された怨キョたちが踊り狂い始めていた……











はい、撮影突入です♪やっとココまで来ましたーっ(T-T)
そして相変わらず黒い明日香さん(笑) 半分は明日香さんが出張ってますね〜。いいのかな?こんなにオリジナルキャラを活躍させてしまって…(ドキドキ)



-△-