演技対決 vs瑠璃子





本当はこんなことさせたくないけど、キョーちゃんの着物姿には心の底から感動したし、かなり萌え――ごほんっ!ま、それはおいといて……あの言葉が気になるわね。

お嬢様の立ち居振る舞いは、何の指導も受けていない子にはかなり難しいもの。なのに、あの子は「あのくらい」と言った。

咄嗟に出た言葉ならいい。でも…もしあれが自信に基づいたものなら……キョーちゃんは私に隠し事しているってことよね。
言えない事だってあるでしょうし、無理に聞き出すつもりはないけど……調べさせてはもらうわよ?あのヴァカ絡みのような気がするから……







「んじゃ、登場シーンはキョーコちゃんだけでいいな?」
「ええ、それでいいと思います。瑠璃子ちゃんは(腹立たしいくらい)十分見ましたし」
「(今、何を飲み込んで喋ったか手に取るようにわかるな……)それじゃキョーコちゃん、スタンバ〜イ」
「はいっ」

新開に促がされ、キョーコが扉付近に移動する姿を尻目に、瑠璃子は敵愾心を燃やしていた。

(あんな子に負けてたまるものですか…っ。それに――)

そこで、新開を挟んで向こう側に佇む明日香を睨みつける。

(あの子に勝てば、飛鳥さんの鼻も明かせるものっ。『あなたのお気に入りも口だけよね!』ってねっ!!)







「――それでは、テストいきまーす。よーい」

カチン

開始の合図と共に、キョーコは精神統一のため閉じていた瞼をスッと上げた。そして、今では意識せずともできる美しい姿勢、洗練された足運びを心掛けた。

開始直後は――明日香を除き――誰一人としてキョーコに視線を向けていなかった。しかし彼女の姿を視界に捉えた瞬間、誰もがそちらに目を奪われる。
それも仕方のないこと。彼女の歩行は、誰も予想し得なかった「完璧な歩行」であったのだから……


「蝶子を!?まさか…」
「わたくしがどうかなさって?お母様」
「!!」
「…あ…っ蝶子…っ」
「…あら、緑お義姉様…お久しぶりです」(スイ……)

続けて難問と思われていたお辞儀の作法も、思わず見とれるくらい素晴らしいものである。
これには、新開も感嘆の溜息を無意識に吐いた。

「――……ほぉ……上等…」
「!!」

図らずとも聞こえてきた新開の賞賛の声に、瑠璃子の頭から一気に血の気が引いていく。自分のときは何度もやり直しを要求されたこのシーンを、キョーコは一度で認められたのだ。それも、文句のつけようのない演技によって。
自分とキョーコとの差が浮き彫りになり、その苛立ちを抑えきれずに瑠璃子はせわしなく動き始めた。


新開は気づかれないように瑠璃子の様子を探った後、隣にいる明日香へと顔を向ける。

「碧ちゃんはどう思う?今の」
「……私情一切抜きで、完璧な振る舞いだったと」
「同感。まさかここまでできるとは……予想外だったな」
「……むしろ完璧すぎる」
「ん?何だって?」
「――いえ、何でもありません。それより……(ちらり)……どうやら、監督の思惑通りに進行しているようですね」

ソワソワしている瑠璃子を見てそう言うと、新開は「みたいだな〜。次もこの調子でいけそうだ♪」と満面の腹黒い笑みを浮かべた。

「……ご機嫌のところ申し訳ありませんが、私としては非常〜〜〜〜〜に不本意だということをお忘れなく」
「はいはい、わかってるってば」
かなり疑わしいですけど……まあ、いいです。私もこの対決を純粋に見守っているわけじゃないですし。ところで、まだ続けるんですよね?次はどのシーンを?」
「ん〜〜?予定通りにやるつもりだけど?」

あっけらかんと吐き出された言葉に、明日香は眉根を思いっきり寄せた。

「はぁっ!?『予定通り』って……次のシーンはアレでしょう!?」
「うん」
「『うん』じゃありませんっ!!なに可愛く相槌打ってるんですか!!今のシーンでもキョーちゃんの足に掛かった負担は計り知れないのに……っ」

さすがに次のシーンがどのようなものかを考えると、明日香も黙って見過ごすわけにはいかない。確実にケガが悪化する。
さっきの美しい歩行でもかなり悪化しただろうが、一先ず黙認したのは明日香の中で燻っているモノの正体を確認するため、また、キョーコの性格上「やる」と決めたなら誰に言われようともそう簡単には諦めないことがわかりきっていたためである。

だが、今以上の苦痛を伴うシーンを、望みもない対決のために演技する理由は見当たらない。
言外にそれを含ませると、新開は苦笑し、

「……俺は別に止めてもいいけど、このままで彼女が納得するか?」
「っ!そ、それは……(こんな中途半端なまま終わるはずがないわね……あれだけ『勝ってみせる!!』と言い切ってたもの……私が無理に止めさせるのは越権行為だし、それこそ『私情』だわ)
……新開さんの仰る通りです……あの子は絶対に納得しませんね…」
(うわ〜。あの碧ちゃんが諦めたよ……あの子、大物だなぁ)
まあ、君の気持ちもわかる。そこで、だ。台本、撮影時間が短くなるようアレンジしていいよ」
「ホントですかっ!?」
「ああ♪」

思わぬ申し出に、沈み込んでいた明日香の気持ちが多少ながらも浮上する。
足に負担がかかることには違いないが、その時間が短縮されるならそれに越したことはない。しかも、それを自分の手で行えるなんて願ってもないことだ。

「ありがとうございます!早速書き直しますね!!」
「お〜、任せた〜」
「はいっ」

早急に行動しようと脚本に手を伸ばし、そこで右手にある救急箱の存在に気づいて静止する。そういえば、キョーコの足がまた痛むだろうと予測して持っていたのだった。


(ど、どうしよう…キョーちゃんをそのままにするわけには……でも、手当てしていたら書き直す時間が……ノーパソは社さんがクラッシュさせたから手書きしなきゃいけないし…………あら?……ふぅん…)

「蓮君!」
「……?何で「パスっ」――っ!?」(ぱしっ)

顔を向けると同時に飛んできた箱をかろうじて受け止めた蓮は、目を丸くして明日香を見やる。彼女はにっこり笑ってそのまま脚本とペンを手にすると、無言で文字を連ね始めた。
蓮は眉を顰め、小声でも届くところまで移動する。

「……これは?」
「あら、わざわざこっちまで来たの?折角投げたのに」
「いえ、ですから…」
「それでキョ――あの子のテーピングをし直してあげて。私は今、手が離せないのよ」
「……何故俺が?」
「『何故』って……あの子の足、気にかけてるように見えたから」

一切顔を上げず何気なく言われたその言葉に、蓮は思わず息を呑んだ。それを空気で読んだだろうに、明日香はやはり事も無げに続ける。

「それに何か言いたげだったし。まあ、最大の理由は蓮君なら手馴れた手つきで素晴らしいテーピングを施してくれそうだからなんだけどねv」
「どういう意味ですか?」(にっこり)
「そのままの意味よ?」(にっこりv)


ここにきてようやく顔を上げた明日香だが、目の前にある蓮の美しい、けれども近しい者にはよくわかる胡散臭い笑顔に、負けず劣らずの黒い微笑を返した。







――結局、明日香に押し切られる形でキョーコの手当てをすることになった。
実際彼女の足の具合は気になっていたし、次のシーンのことで話もあったので、素直に(とは言いがたいが)キョーコのいる所へと向かう。

しかし、その途中目に入ってくる彼女は実に奇妙であった。
暗い表情で溜息をつきながら歩き出したかと思えば、真顔で立ち止まり、気の抜けたような何とも言えない表情でしばし硬直し、いきなり陽気になって額を叩いた後、壁を叩いて悶絶し始めたのだ。
……理由はわかるが、かなり怪しい。

「…忘れたふりしても痛いものは痛いと思うぞ」
「〜〜〜〜〜っ〜〜〜〜〜っ〜〜〜〜〜っ」
「……ほら、そこの椅子に座って。テーピングし直すから」


今度は大人しく従い、椅子に座るキョーコ。患部を見てみると、最初よりも更に腫れが増している。
蓮は大きく溜息を吐くと、明日香の予想通り実に手馴れた手つきでテーピングし始めた。

「…あたり前の様にスタスタ左足を使うからだ…捻挫の上、骨にヒビまで入ってるんだぞ」
「〜〜〜〜〜…だって…流れる様な歩行のためには仕方なかったんだもの……」

痛みに顔を歪ませながらそう呟くキョーコに、蓮はほんの少しだけ感心する。「苦痛」よりも「流れる様な歩行」をとった彼女に。
だからか、次のセリフを何の含みもなく口にすることができた。

「…………た方がいい」
「……え…?」
「次のシーンでの対決は避けた方がいい」
「…どうしてですか…?」
「足に負担がかかる」
「…………山歩きのシーンでもあるんですか?」
「茶会のシーンがある」
…茶…?(『茶会』って……茶の湯のことよね…?)」

するりと耳に入ってきた単語に、嫌な汗がツゥ・・と流れる。
蓮は跪いた体勢のまま、真剣な眼差しでキョーコを捉えた。

「このシーンは登場人物が多いから、ストレートにOKが出ても15分。NGが出ればそれ以上。
少しでも足首をのばすと激痛が走るこの足で、君はそのシーンを正座でやり抜ける自信はあるか?」

いつにない剣呑な声音に、キョーコは顔を強張らせた。
「もちろんです!」と即答できず、小さな迷いが身体を支配する……


――が、視界に入った瑠璃子の勝ち誇った笑みを見て、決意が固まった。





(――自信…?――そんなもの――…根性でなんとかしてみせる!!)











第1ラウンド終了です!たぶん原作沿いになっています!

蓮様と明日香さんの微笑み対決……傍目からなら「美男美女が微笑み合っている」という、実に目の保養となる光景ですけど、そんな生易しい空気は皆無ですね(笑)



-△-