美女と貴公子 中編






完全にスクラップ状態の車の前に、二人の人物が立っていました。一人は透き通るような白い肌の美女、もう一人はフワフワした可憐な少女です。
二人は優男とメイドさんの姿を見つけると、思いっきり大声を上げました。

「や、社さんが美人メイドと歩いてる…!?」
きゃーーーーーーーvv 恋の予感よお姉様!!知的な社さんとキリっとした美人さん……スッゴクお似合いよねっ?」
「そ、そうね!(メイド姿に多少違和感を感じないでもないけど)」

「………ゴメンよ、琴南さん……」
「………………いえ」

彼女達の会話とテンションに何となく申し訳ない気がして謝る優男に、メイドさんはちょっと引き気味に答えました。その頬がお互い、ほんの少し赤らんでいることに、彼女達が益々盛り上がっている事実には気づいていません。

一通り騒いで気が済んだのか、美女は綺麗な動作で頭を下げました。

「初めまして、最上キョーコです。従兄弟が大変お世話になりました」
「マリアです。社さんを連れてきてくれてありがとうvv」
「あ……ご丁寧にどうも。琴南奏江です。こちらこそ、社さんには主人その2の相手をしていただいて助かったというか何というか……」
「「……は……?」」

怪訝な声をあげられたメイドさんは誤魔化すように笑い、「手の掛かる雇い主の息子の話し相手をしてもらったの」とだけ伝えました。

「手の掛かる…?気難しい人とか、ヤンチャな子供とか?」
「違う違う。蓮は――あ、そいつのことだけど、品格も礼儀もある、柔和な二十歳の青年だよ。彼女が『手が掛かる』って評したのは、毎日の習慣である彼の脱走と時折出る何だか既視感のある威圧的なオーラを差してだと思うよ。ね?」
「ええ」

美女と少女は優男の言葉から懸命に人物像を描こうとしましたが、どうしても描けませんでした。
そこで、帰ることも忘れてもっと話を聞くことにしたのです。

――その結果、優男が屋敷の電話を壊したこともバレました。ついでに彼らの食事事情のことも。


「ちょぉぉぉぉぉっと待ったぁぁぁぁぁぁぁ!!!社さん!!あなたお世話になった上に人様の家で器物破損ですか!?」
「そ、それを言われるとキツいなー?」
可愛く言ってもダメです!!!琴南さんも琴南さんだわ!雇用関係にあるとはいえ、若い男女が二人きりで一つ屋根の下で暮らすなんて……破廉恥よっ////」
「『破廉恥』って――あんた、いつの時代の人間よ…………それに、心配無用だわ。理由は言えないけど」
「でも、いつ何があるかわからないのよ!?」
「しつこいわね、もー。こっちのことはいいから、あんた達はお土産持って早く帰りなさいよ」
「……お土産?」
「あ、そうそう。これ、蓮から君達に」

言われて思い出した優男は、貴公子からの言葉を伝えながら置き時計とオルゴール、そして碧い石をそれぞれに渡しました。少女は素直に喜び、美女は困惑しています。
想像していた通りの反応に、優男は苦笑しました。恐らく美女は「お世話になったのはこっちなのに、貰う理由がない」と思っているのでしょう。決して石が気に入らなかったわけじゃないことは、見たときの彼女の瞳と表情でよくわかります。

「俺も『貰えない』って思ったからキョーコちゃんの気持ちは良くわかるけど……素直に受け取ってやった方があいつも喜ぶよ。誰だって『貰えません』と言われるより『ありがとう』と言われた方が嬉しいしね」
「…………………そう、ですね。わかりました、ありがたく頂きます。
――ところで、琴南さん。あなた達は、デリバリーで日々食事してるのよね?」
「………どうせ私は料理できないわよ」

少し不機嫌になったメイドさんを気にする様子もなく、美女はにっこりと笑みを浮かべました。
メイドさんの表情が不機嫌なものから訝しげなものに変わっていきます。「何笑ってるのよ、この子…」と思った直後、

ガシィ・・・ッ!!

「っ!?な、何!?」
「社さんがお世話になったお礼と迷惑を掛けたお詫びと素敵な頂き物の感謝を兼ねて――」
「か、兼ねて…?」

「腕によりを掛けた料理をご披露するわ!!そして今日からあなたに料理を仕込みますっ!!」


(やっぱり……『貰うだけ』で済ませるわけないよな)
(お姉様だものね…)

美女の義理堅さをよく知っている二人はこの発言に驚いたりしませんでしたが、メイドさんには少々突発過ぎたようです。麗しいお顔が崩れています。

「ちょ…っ!前半はともかく後半はなんでそうなるわけ!?」
「こんなに綺麗な石を頂いたんだから、新しい電話を持参して挨拶に伺うのは当然でしょ?どうせだから食材も買ってきて、料理させていただきます。これでも料理の腕だけは自慢なの」
「だからそこまでは納得できるけど……なんで私が料理を覚えなきゃいけないの!?いや、いつかは覚えようと思ってるけど!!」
「いい?今回は社さんの人間離れした怪電波で電話が壊れたわけだけど、いつまた同じ様な状況になるかわからないのよ?その度に白ご飯だけの食事なんて人としてどうかと思うの」
「う゛…」
「いつか覚える気があるのなら今覚えてもいいでしょう?――ってわけで、行くわよ!!」

説教モードからまるで獲物を捕らえた肉食獣のような雰囲気に変わった美女は、メイドさんの腕をしっかり掴んで歩き始めました。
向かう先は、スクラップ車――の側にある、二つの自転車。

「……自転車!?あんた、まさかと思うけどここまで自転車で来たわけ!?(一体どれだけ距離があると思ってるのよ!)」
「?そうよ?だって、私もマリアちゃんもそれしか乗れないもの」

笑顔で「帰りは私がマリアちゃんを後ろに乗せて帰るつもりだったのよ」と続ける美女に、メイドさんはもう返す言葉が見つかりません。一種の自失状態にある彼女を問答無用で後ろに乗せた美女は、残る二人を一瞥もせずに猛然とペダルを漕ぎ始めました。
――ちなみに、後ろに少女を乗せた優男が二人に追いついたのは、街に入る直前だったそうです。








「……………………この状況は一体……?」
「……ごめん、蓮。こんなに早くお邪魔しちゃって」
「いえ、それは別にいいんですけど――」


あれから数時間後。
メイドさんの帰りがやけに遅いため、習慣となっている脱走もできずに屋敷で待っていた貴公子は、見送ったときより増えた来客者に大いに戸惑っていました。

やたらとグッタリしているメイドさんは気にかかりますが、優男の隣でニコニコ笑っている可愛い少女も気になりますが――彼の意識は、メイドさんと少女の間で華のような笑顔を浮かべている美女にいってしまいます。
当然ながら四人が抱えているたくさんの袋は目に入っていません。

言葉を続けられずにいる貴公子に向かって、美女はメイドさんのときと同じ挨拶をした後、自分と少女への贈り物に対する感謝を述べ、ここに来た理由も告げました。
その間ずっと笑顔を浮かべていた美女ですが、話し終えた後も何も言わない貴公子に段々不安を感じ始めました。

「――…あの、ご迷惑でしたか?いきなり押しかけてきちゃって…」
「っ…い、いや、そんなことないよ?むしろ、あの程度のことでこんな申し出を受けるとは思ってなかったから、どう言ったらいいのかわからなくて……本当に大したことじゃないし、気にしなくていいんだよ?」
「いいえ!社さんのこともありますけど、この頂いた碧い石、本当に嬉しかったんです!――まるで魔法が掛かっているみたいにキラキラした石…」

そう言って微笑む彼女は本当に幸せそうで……貴公子まで思わず微笑んでしまいました。

「そこまで言うなら………お言葉に甘えさせていただこう…かな?」
「はい!!モー子さんのことも任せておいてくださいね!!」
「………………『モー子さん』……?」
「あ、琴南さんのことです」

一体誰のことだ、と眉を寄せていると、美女は笑いながらその経緯について説明してくれました。


――街に買い出しに出た四人ですが…地元の三人はともかく、メイドさんの姿は間違いなく浮いていました。想像してみてください。街中にメイド姿の美人がいるんですよ?注目されないはずありません。
そのためメイドさんは買い物をしている間中、「もーーーーーー!あんたのせいよ!!」「もーーーーー!!『新鮮な野菜はどちらか』なんて講釈よりも早く終わらせてよ!」と、『もー』を連発していたのです。その結果、美女から『モー子さん』なるあだ名を賜わったのでした。


「……っ……な…なるほど……っ……確かにっ……『もー』は彼女の口癖…っ」
「――豪快に笑われるよりもムカつくわね…(怒)」

息も絶え絶えに笑っていた貴公子は一度気分を落ち着かせた後、額に青筋を数個張り付かせたメイドさんを軽く無視して美女に微笑みかけました。

「琴南さんに料理を仕込む間、街から通うのは大変だろう?良ければここで住んだらいいよ。もちろん、社さんもマリアちゃんも」
「ダ、ダメですよ!そんなご迷惑を――」
「俺が迷惑に感じなければ問題ないと思うけど?……それとも、ここは嫌かな?住んでいる俺が言うのもなんだけど、悪趣味な作りをしているし」
「え!?そんなことないです!そりゃあ、ちょっと――いえ、かなり豪華だな、とは思いますけど…構造とか周りの景色とか、ずっと憧れていた『お嬢様の住んでいそうな家』ですから!」

「「………………」」
「「…………(言うと思った)…………」」


メルヘン好きな美女ならそう思っているだろうと確信していた身内二人はともかく、まだまだ彼女に馴染んでいない二人はぽかんとしています。
その反応に我に返った美女は、慌てて「いやっ、その!別に『住んでみたい』と言ってるわけじゃなくて!…あっ、だからって『住みたくない』という意味でもないですよ!?」と色々弁解していましたが、最後は顔を真っ赤にして「………えっと……お世話になります……///」と言ったのでした。








彼らが一緒に暮らし始めて3ヶ月。
美女がメイドさんに食材の鮮度から料理を教え込む一方で、メイドさんは美女に神業洗濯術を伝授し、優男は庭園の管理を引き受け、少女は貴公子に懐き、貴公子は脱走しなくなり――比較的平和な日々でした。

ですが、何も変化がなかったわけではありません。

貴公子は明るく優しい美女に惹かれていきました。何をするにしても一生懸命な姿や、家族を大切にしている姿。素直すぎて嘘がつけないところも、純真でちょっとしたことにもすぐ赤面するところも、彼が惹かれる要素でした。
美女もまた、貴公子に惹かれていました。誠意には誠意で応える彼の精神年齢の高さや、それとは真反対にとんでもない屁理屈を言い出す子供っぽさ。ドキリとする妖艶さには未だついていけずとも、よく見せてくれる優しい微笑が彼女の心を捕らえて放さないのです。


二人が想い合っていることはバレバレでしたが、当人達だけは何故か気づいていません。どうも自分の片想いだと思っているようです。傍で見ている三人はヤキモキして仕方ありませんでした。

「――…な〜んで気づかないかな、あの二人は」
「鈍いにも程があるわよね……まぁ、お姉様は初恋だから冷静に状況判断できないんだろうけど、蓮様まで気づかないなんて……」
「敦賀さんも初恋よ」
「「嘘だっ!!」」
ピッタリ息の合った即否定をありがとう。でも本当なの」

メイドさんの爆弾発言に「…………あ、あの顔で……」やら「…………あ、あの年で……」やら、多少拘っている部分は違うものの、二人は呆然としました。
その二人に、メイドさんは「あなた達を信用してるから言うけど」と説明を始めます。

「そもそも彼がここに閉じ込められているのは、雇い主曰く『女性を愛したことのない未熟者』だからなのよね。雇い主は――ちょっと、理解し難いくらい『愛』を大切にしている人なの。自分の息子に愛の素晴らしさを幼い頃から語り聞かせてたみたいだし。でも、彼はあの顔でしょ?初恋を迎える前に、外見につられてばかりのバカ女が寄って来始めて――」
「『愛』がよくわからなくなった、ってことかしら?」
「みたいね。雇い主も最近まで敦賀さんが『愛の欠落者』であることに気づかなかったけど、偶然彼の修羅場――とはとても言えない、異様にあっさりした恋人との別れを目撃したんだそうよ。『愛』にうるさいだけあって、そのときの様子で気づいたらしいわ。で、愛する女性を見つけて、その女性を手に入れるくらいの甲斐性を身に着けるまではここに閉じ込めることにしたんですって」
「こんな所に閉じ込めたら出会いすらほとんどなくなると思うんだけど…」
「………………『こんな辺鄙な場所に来る程根性のある女性なら、蓮を変えてくれるはずだ!!だから、出会いは一度で構わん!!!』――だそうよ」

納得していいのかどうか微妙な発言です。確かに美女は底知れぬ根性を持った女性ですし、彼女がいたから貴公子も『愛する気持ち』を知ったのですが……随分チャレンジャーな性格をしていますね。


「それにしても、何でそんなことまで知ってるの?メイドの仕事には必要ない情報だよね?」
「……………………私が『愛の欠落者』に認定されたからよ」
「「えぇ!?」」
「面接時に『辺鄙な場所だから恋人とも中々会えないが…』って確認されたから、『恋人なんていないので心配無用です。それに恋だ愛だにうつつを抜かす時間が有るなら、あのギャング共の空きっ腹を埋めるためのお金を稼ぎますと答えたのがいけなかったようね……哀しみに歪んだ顔で事情を説明された後、『――…君も根性のある男性に変えてもらいなさい』ってその場で採用が決まったわ……」
「――じゃあ、社さんが『根性のある男性』ってことになるのね?」
「へっ!?」
「マリアちゃんっ///」
「だってそうでしょう?モー子さんを変えたのは社さんなんだものv」

少女の口から出てきたセリフ(小悪魔な笑顔がニクいですね)に、二人は真っ赤になって俯きました。
そう――優男とメイドさんもこの3ヶ月で想いを通じ合わせ、めでたく恋人になっていたのです。(驚きの新事実)

「あぁもう!私達のことはどうでもいいのよ!今問題なのはあの鈍感カップルよ!あの進展のなさ、見てるこっちがイライラするわ!!」
「そ、そうだね!ここは一つ俺達が!!」
「私も賛成v お姉様と蓮様が結婚すれば、蓮様が『お義兄様』になるものvv」
「「………………………………マリアちゃん……………………(汗)」」
「そうと決まったら早速作戦会議よ!絶対にお二人をくっつけてやるんだから〜〜〜〜っ」



うららかな昼過ぎのテラスにて、しっかり持参していた人形キャンドルを高らかに掲げる少女を「ソレは必要ないから!!」と説得する大人二人の姿があったそうです。














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