眠らぬ怨キョの中の美女 中編 王女の誕生祭から一年。 腹黒魔法使いこと新開の魔法は、見事なまでに効果を発揮していました。キョーコ王女は一年で16歳を迎えてしまうのです。その容姿は母である王妃譲り。 そして彼の言葉通り、王女の精神も身体の成長と同じくらい著しく、どこに出しても恥ずかしくない立派なレディとなっていました。 彼の魔法に対しては為す術のなかった王と王妃は、その他の魔法を何とか現実にさせまいと必死に努力しました。 まず「禍々しいオーラ」については(たったの一年ですが)二人の育て方が良かったのか、王女は誰に対しても優しく、いき過ぎたメルヘン思考を除けば問題のない少女へと成長したため、未だ発揮されていません。 「長身で美形で財力もあって魔王気質の男」については、できるだけ回避しています。たとえば、夜会などはぜっっったいに開かず(=「財力」排除)、入城時には身体検査を義務付けた(=「美形」「長身」排除)のです。最後の「魔王気質」は――そんな相手に何をしても無駄なので放置です。 魔法使いズの魔法という名の呪いに関してはこれだけの対策を実行している王と王妃ですが、きっぱり「呪い」だと告げられた魔女の予言に関しては全く手付かずのままでした。むしろ早くこんかい!と言わんばかりに待ち望んでいます。何故なら、その呪いが発動しなければ王女にかけられた数々の呪い(魔法)が解けないからです。 成長速度の異常さについては本人に説明していますが、それ以外は教えていません。知ってしまえば面と言われたところで効果なしですからね。 優しく繊細な王女の心が傷つけられるのは忍びないですが、王女が16歳を迎える今、もはや一刻の猶予もありません。数週間以内に事が起こらなければ、王女の年齢が母親である王妃を超えてしまいます。更に数ヶ月経てば、父の王をも超えます。 二人にとって――というか、魔法使いズ(特に新開)以外にとってはかなり切実な問題なのです。 事情を知っている者があのキーワードを言えば手っ取り早いのですが、王女のためとは言え、可愛い彼女を傷つける事のできる非道人間は城内にはいませんでした。あの王と王妃に仕えているだけあって、人柄の良い人達ばかりなのです。 つまり、外部の人間によって呪いを発動させなくてはならないのですが……夜会を中止したり身体検査をしたりすることによって発動させてくれそうな人物を遮断してしまっているということに、彼らは未だ気づいていません。 ――そんな中、運命の日は唐突にやってきました。 今日は王女の誕生祭。 さすがにこの日ばかりは彼女の誕生を祝うため、王達も盛大なパーティを開くことにしました。 久しぶりのパーティということで朝から城内がパタパタと慌ただしい中のことです。 「おま――貴女がキョーコ姫?」 王達の下へと向かっていた王女は、聞き覚えのない声に呼び止められました。 「そうですけど……………………………………あなた、誰ですか?」 「っ!!(こいつ…っ、この俺を知らないのか!?) …………ひ、姫は、俺のこと、お知りではない、ので……?」 「まったく。」 「っっっ!!(即答しやがった!!てか、こっちは即答なのかよ!?)」 王女に声をかけた「“自称”世界一イイ男」の吟遊詩人は多大なショックを受けながらも、プライドの高さ故に表には出さないよう努力しました。容赦なく顔が引き攣っていますけどね。 「そ、それはっ…し、失礼……っ(落ち着け!落ち着くんだ俺!!…よし!) 姫の誕生祭に吟遊詩人として招かれた者で、尚と申します。以後、お見知りおき」 「あーーーっ!「うおっ!?」もしかしてお父様とお母様が仰ってた歌唱力はあっても常識は持ち合わせていない人!?」 「!!??」 「んー・・なら自己紹介もなしで声をかけてきても仕方ないわよね、うん。 それで、私に何か用ですか?」 王女のあけすけな言葉にプルプルと震えていた吟遊詩人ですが、自分の目的を思い出してさり気なく王女を壁際に追い込みました。された王女は困惑顔です。 「何を…」 「貴女の噂は耳にしてます…数多の魔法をかけられているそうで?」 「……それが?」 「その魔法の解き方、お教えしましょうか?」 「え!?あなた、知ってるの!?」 「もちろん……知りたいですか?」 (つーか、『王女が真の愛に目覚めたとき、全ての魔法が解ける』っての、結構有名な話なんだが……何で本人が知らねーんだ?ま、俺としては『王女の魔法を解いた男』になれればどうでもいいんだけどな) 実は彼、王女の魔法を解く事で王達の覚えを良くしよう、あわよくばこの美しい王女を手に入れてやろうと思っていたのでした。自分の容姿に絶対的な自信を持つ彼は、王女を惚れさせる事などワケがない、とも思っているのです。 ちなみにその前提にある呪いも噂になっているはずなのですが…どうやら彼は都合のいい部分だけ覚えているようですね。 成長を止めたいのに誰も教えてくれない王女にとって彼の申し出はまたとないものだったので、コクコクと勢い良く頷きました。 それを見て、吟遊詩人は彼女の耳元に口を寄せました。そして、女性が必ずと言っていいほど頬を染め、トロンとした目つきで「……はぃ…v」と答えてきた甘い声で、 「俺のものになればいい」 と囁きました。 ビクリッ、と震えた王女を横目に、心の中で「今度もチョロイな」とほくそ笑みます。 そんな考え、ホットチョコとココアを混ぜ合わせたくらい甘いです。 「……………………………………はあ?」 王女は「何を言い出すんだこのバカは」という声が聞こえてきそうな表情を浮かべました。 「魔法の解除とソレがどう繋がるって言うんですか?っていうか、何で私があなたのものにならなくちゃいけないんです?」 「なっ!?」 「おとぎ話みたいな展開には憧れるけど……少なくとも、あなたにはトキメキませんでしたし」 「っ!!!」 「それにさっきは耳元で息を吹きかけたりするから、気持ち悪くて寒気が走ったじゃないですか」 「寒…っ!?」 「真面目に教えてくれるつもりがないなら、これで失礼しますね」 そう断って、頭を下げてから立ち去ろうとしたその時―― 「ちょ…っと待てーーーーーーーっ(怒)」 「?まだ何か??」 「『何か?』じゃねーーーー!!人が下手に出てりゃ言いたい放題言いやがって!こっちだってなぁ!お前が王女なんかじゃなかったら声なんてかけねーよ!!」 「…あー、成程。つまり私の王位継承権目当てだった、と?」 「当たり前だ!!じゃなきゃお前みたいな地味で色気のねー女を口説いたりするか!!」 「っ!?」 たとえ嘘でも王女の容姿にケチをつけられなかった吟遊詩人は、唯一と言える彼女の欠点――王女でありながら質素な服装であることと恋を知らないが故のあどけなさを、極端な物言いで表したのでした。 王女が何よりも気にしている2点であるということも知らずに…… 一方、暴言を吐かれた王女は数歩よろめいた後、柱にもたれ掛かって小刻みに震えていました。 それを見た吟遊詩人は、ほんのちょっとだけ良心の呵責を感じましたが、プライドの高さが素直になることを許しません。「泣いてんのかよ?」と、ぶっきらぼうに問いかけるしかできませんでした。 「…………誰が……泣いてるですって…?あんた如きの言葉で流してあげる涙なんてないのよ…っ」 「…あ?(何か…雰囲気変わってねーか?)」 「地味で悪かったわねぇ…これはドレスを着ると妄想世界へ旅立ってしまうのを抑えるために我慢して着てるのよ……っ!色気がない?そんなのあんたに言われるまでもなく知ってるわ…生まれて一年しか経ってないのよ……?初恋もまだなのに、そんな高度なモノ出せるわけないじゃない…っ!!」 「へ、へえ…(やっぱり何か違うって!!)」 「地味で色気がなくて悪かったわね…っ!」 「っ!?(な、なんだ?このおぞましいオーラは…っ)」 「このっ腐れ外道ぉぉぉぉぉぉっ!!」 「うあ゛ぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっ」 「あっ!今、地響きのような音がしなかったっ?」 「戦慄を覚える気配もしたわね」 城を覆うように広がっていく邪悪なオーラに気づいた王と王妃は、慌てるどころか爽やかな笑顔を浮かべました。 「やっと呪いが発動されたんだね〜〜〜ついでに緒方さんからの魔法も発動したみたいだけど」 「そうみたいね。キーワードが上手い具合にキョーコの最も嫌う言葉だったから、言われて解放しちゃったんでしょ」 「俺としてはあまり発動してもらいたくなかったんだけどなぁ…」 「宝田さんの魔法が発動したら消えるんだし、いいんじゃない?それにしても、いきなりだったわねぇ…今まで全く兆候がなかったのに」 「確かに」 二人は揃って首を傾げました。どうやら男の出入りを制限していたせいで兆候がなかったことも、それを解禁したことで機会が回ってきたことも、まだ気づいてないようです。 本当に暢気な――いえ、平和な国ですね。 「ま、あとはキョーコが真の愛とやらに目覚める日を待つだけね」 「早めに目覚めて欲しいよ」 「私もよ。できれば年齢を追い越される前にして欲しいわ」 「……だね」 |